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「しんかい6500」研究航海 YK16-11 レポート

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2016/8/24 - 9/6

『航海前のトラブル』

今回の調査海域は南西諸島海溝です。目的は大きく2つあり、一つは他の深海域とこのあたりの深海にいる微生物の分布や生き方の違いを知って海溝の生態系全体の理解を深めること、もう一つは熱水噴出孔での「発電」のための詳しい情報を得ることです。

航海の直前に始まった台風10号の迷走は私たちをじりじりさせました。荒天により支援母船「よこすか」は奄美大島の古仁屋に足止めとなったのです。航海前半に計画されていたウインチを使って深層の海水を採取する調査は中止に追い込まれてしまいました。後半の「しんかい6500」を使った調査航海のために私たちは8月28日に石垣島から「よこすか」へ乗り込もうとしていたのですが、台風の迷走が予定を難しくさせました。そこで、万全を期すため飛行機を1日繰り上げてかつ奄美大島から乗船したところで、台風は北東へ向けて急に動き出しました。陸上スタッフはじめ関係者は状況に応じてすぐに段取りを組み直し、予定されていた那覇での準備作業は取りやめ、最後の積み込みと研究者の乗船を8月30日に石垣島で終えれば1日の遅れで調査は開始できる、という運びになりました。

整備中の主蓄電池
整備中の主蓄電池

なんとか母船に乗り込んだのですが、今度は「しんかい6500」の電池の蓋が油漏れを起こす、という事態が起きました。この電池は新品で、今年5月に交換したばかりでした。ですが潜る前に不具合箇所が発見できたので大事に至らずに済みました。申し訳ないことですが研究者には少し待ってもらって製造業者、運航要員、母船乗組員が協力して大急ぎで部品を交換し健全性を確認しました。このため調査はさらに1日遅れでの開始となりました。

いろいろありましたがようやく9月1日に1回目の潜航ができました。

『一つ目の目的』
潜航前、ペイロードの確認をする運航要員
潜航前、ペイロードの確認をする運航要員

この航海の一つ目の目的は、海溝の生態系について総合化された知見を得るための証拠集めです。この海域の海中から海底までに居る生物群の分布と生き様を調べる事が課題なのですが、すでに前半の採水調査は中止となったうえ、「しんかい6500」の調査は2日遅れとなってしまっています。

以前に行われた地形調査の結果、この海域には断層や地滑り、乱泥流の痕跡が見つけられていました。「しんかい6500」の使命は実際に潜って状況を確認し、現場の海水や海底の泥を持って帰ってくることです。そのため今回のペイロード(調査のために持ってゆく機材)は採水器が2種類、現場で化学成分を測るセンサ類、温度計、そして何本もの採泥器です。

この目的のために3回の潜航が計画され、深い所・中ほど・浅い所の3つの点が選ばれました。潜航1回目は深い所、水深6300mです。
潜航開始から海底まで2時間半かかります。午前9時に海面を離れ午前11時半に海底から高度100mに到達、下降用の錘を切り離して重量と浮量の釣り合いを調整し、調査の準備をします。
準備ができたら調査開始です。まずは堆積物の影響が無い高度で採水します。次に着底、状況を記録し採泥と海底面の温度計測を行いました。温度を測ることで地中から出てくる熱の量が分かり、降り積もった泥の下に隠れている地割れなどの推測ができるそうです。計測が終わると観察しながら航走します。
船上へ帰る時間を逆算すると午後3時前には離底しなければなりません。時間を配分して観察が必要なポイントを順に回ります。最後にもういちど採泥し離底しました。

潜航2回目は水深3600mです。斜面が崩れ落ちた場所に生息する生物を調べます。特にバクテリアマットと呼ばれる、海底面に微生物が集まった物を集めて回ることを目指します。
潜ってみると非常に多くの種類の生物がいました。三脚魚をはじめコシオリエビ、ウニ、ナマコなど潜航した研究者曰く「図鑑並み」の様相でした。深海のナマコは色とりどりで形も様々なので見る者を楽しませてくれます。泳ぐナマコであるユメナマコも大小多くの個体がありました。透き通った暗赤色の体をゆっくりと曲げ伸ばししながら水中を漂う姿はとても美しいものでした。
しかし、バクテリアマットは最後まで見られませんでした。

潜航3回目は水深2500mです。東西に断層が横切っているとの予想のもと、予想線をジグザグに横切って断層(が埋まっている所)を発見し、そこでの湧き出しをエサとする生物群の採取を目指します。
潜航開始、着底からまずは北へまっすぐ2kmを観察し予想線付近一帯を横切りましたが一面の泥斜面、断層の兆候は見つけられませんでした。右へ回って東方向へ、谷地形の出口を少し詳しく観察していくつかの段差を見ますが由来の違う物です。さらに右へ回って南東へ、予想線を斜めに横切って付近一帯を超えるまで観察します。しかし魚類はいるものの泥に着く生物の兆候はありません。いよいよ残り時間も電池残量も底が見えてきたところでパイロットは潜航研究者に聞きました。パイロット「How shall I do?」研究者「Sorry, I don't know.(注:台湾の方です)」パイロット「ですよね。」。採泥ののち当初の計画どおりもう一度予想線を横切る方向へ観察を続けましたが特異な所なく離底となりました。こうした当りを付けるのは専門家でも難しいところがあります。

『2つ目の目的』

2つ目の目的のために与えられた使命は、海底での電気測定と試料採集、それに機材の設置・回収です。
この目的にある「発電」ですが、見出されたのはごく最近です。熱水噴出孔から噴出している水には電池の-側にあるような物質が多く含まれています。海水は+側として使えるので、うまく組み合わせると電池ができるというアイデアです。この海域で検証し証明されました。生まれる電力はわずかではあるのですが熱水がある限り発電できるので、観測にはうってつけです。よりよく利用する方法を編み出すための実験や観察が行われています。今回は「発電」の仕組みを詳しく理解するための調査と、熱水・海水・鉱物・生物と電気の関わり方についての調査が計画されました。

調査海域は沖縄トラフ伊平屋北と呼ばれる所です。このあたりは世界でも有数の熱水域で、いたるところで300℃以上にもなる熱水が吹き上がりチムニーが育っては崩れています。JAMSTECによる調査も数多く、近年は地球深部探査船「ちきゅう」による掘削と機材の設置が盛んに行われました。今回の「しんかい6500」はそうしたこれまでの機材を巡り観察と試料採集を行います。

ガイドベース
ガイドベース

ペイロードは目的に合わせて総入れ替えしました。研究者の用意した電気測定装置に加え採水装置、温度計など満載です。
潜航開始した直後、なんと頼りにしていた電気測定の装置が作動しません(潜航終了後に分かったことですが、耐圧容器に浸水が発生し作動できなかったようです)。スケジュールは限られているので調査は続行します。
多くの機材が設置されている海域ですので、海底への接近も慎重に行います。母船から計測している「しんかい6500」の位置と地図を照らし合わせて、最初の目標である「ガイドベース」(掘削孔に設置された作業するための台)へ距離を縮めながら下降してゆきます。まだ距離に余裕のある場所でまず着底、海底の状況を確認し最初の採泥を行います。そしてゆっくりと近づき、ガイドベースに付着したバクテリアマットを採水ポンプを使って集めました。この掘削孔からは熱水が出ていて実験と観察のためにガイドベースが置かれているのですが、頂部にある熱水を導引した穴は析出物で塞がっていました。実験の際には動力を使ったタガネで叩き割りますが今回は観察のみ行いました。
さらに機材から機材へ移動し、いくつもの場所で試料の採取や機材の回収、そして設置を行いました。電気測定はできなかったものの多くの試料を得ることができました。

『調査を終えて』
クレーンで海面へ移動中の「しんかい6500」
クレーンで海面へ移動中の「しんかい6500」

合計4回の潜航を行うことができましたが様々なトラブルがありました。今回の計画前半のように中止になってしまうこともある海洋調査ですが、困難を乗り越えればいつかはあらたな知見や技術が得られるものと信じて前に進んでゆきたいと思います。

【潜航情報】
    9月1日 No.1467DIVE
  • 潜航海域:南西諸島海溝
  • 潜航深度:6371m
  • 観察者:川村 喜一郎(山口大学大学院)
  • 船長:齋藤 文誉
  • 船長補佐:松本 恵太
    9月2日 No.1468DIVE
  • 潜航海域:南西諸島海溝
  • 潜航深度:3653m
  • 観察者:高井 研(JAMSTEC)
  • 船長:大西 琢磨
  • 船長補佐:植木 博文
    9月3日 No.1469DIVE
  • 潜航海域:南西諸島海溝
  • 潜航深度:2584m
  • 観察者:Hsiung Kan-Hsi(JAMSTEC)
  • 船長:小椋 徹也
  • 船長補佐:鈴木 啓吾
    9月5日 No.1470DIVE
  • 潜航海域:沖縄トラフ 伊平屋北
  • 潜航深度:1057m
  • 観察者:山本 正浩(JAMSTEC)
  • 船長:千葉 和宏
  • 船長補佐:齋藤 文誉

小椋 徹也(運航チーム潜航長)