次世帯海洋資源調査技術

 

JAMSTEC

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ごあいさつ ―「海のジパング計画」―

 

浦辺 徹郎
  • 次世代海洋資源調査技術 担当プログラムディレクター(PD)
  • 浦辺 徹郎
  • 東京大学名誉教授
  • 国際資源開発研修センター顧問

 

 

はじめに


 安倍総理を議長とする総合科学技術・イノベーション会議では「科学技術イノベーション創造推進費に関する基本方針」(平成26年5月23日)に基づき、平成26年より「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)1」11課題の実施を決定しました。「次世代海洋資源調査技術」はその一つで、われわれはそれを「海のジパング計画」と呼んでおります。
 ご存じのように、13世紀のイタリアの商人であったマルコ・ポーロは、中国に来たときにジパングの噂を聞き、「莫大な金を産出し、宮殿や民家は黄金でできていて……」と記録に残しました。その記録は、後の大航海時代のきっかけの一つになったと言われています。当時の日本の家々が黄金でできていたというのはもちろん間違いですが、以下に述べるように、日本で多くの金が産出したことは事実のようです2。鹿児島県の菱刈金山を除いて、陸上の資源は掘り尽くされてしまいましたが、現在のジパングは日本周辺の海底にあるのではないか、というのが本計画の略称の理由です。


海のジパング


 長い鉱山の歴史を持つ日本では、陸上の資源はすでに枯渇しています。しかし、日本周辺の海底には日本列島と同じ配列、同規模の地質を持つ海底火山列が沖縄および伊豆・小笠原にそれぞれ知られており、そこにも陸上と同じように豊かな金属資源が存在する、つまり「海のジパング」は存在するのではないかと考えられます。
 そのひとつの例が海底熱水鉱床です。海底熱水鉱床というのは、海底から金属成分に富むお湯(熱水)が噴出しているところに見られ、その熱水から銅・亜鉛・鉛・金・銀の鉱石が沈でんしてできるものです。このタイプの鉱床は地球の歴史の中で繰り返し生成したことが知られています。日本でも5.3億年前、1.5億年前、1400万年前にできた海底熱水鉱床が陸化した地層のなかに見られ、鉱山として採掘されました3。それらの中で最も新しい黒鉱(くろこう)鉱床は、日本列島が海に覆われていた1400万年前に、海底火山の上にできた海底熱水鉱床でした。沖縄および伊豆・小笠原の海底火山列は、そのころの日本列島と非常に似た地質構造を持っていますが、そこには現在できつつある海底熱水鉱床が15~20か所知られています。
 それらの中で最も探査が進んでいるのは、沖縄本島の北方にある伊是名(いぜな)海穴です。水深1600メートルの伊是名海穴では、(独)石油天然ガス・鉱物資源開発機構(JOGMEC)により多数のボーリングがなされ、黒鉱鉱床に似た鉱石が海底面上に340万トン存在することが確かめられています。これは平均的な黒鉱鉱床ひとつ分といえますが、開発に踏み切るためには同等のものをあと10程度探す必要があります。海底熱水鉱床をどのようにして掘るかという技術開発についてはJOGMECが実施していますので、本計画では、どのように効率良くそれを探すかに焦点を当てているのです。
 私たちの世代は20世紀の大量生産・大量消費の社会を享受し、多くの陸上資源を使い果たしてきました。その罪滅ぼしといっては何ですが、せめて日本周辺の海底にはどれほどの資源があるのかを調べて、「財産目録」を作って次の世代に残す必要があると考えています。そのためには、「海のジパング計画」には高い資源ポテンシャルがあると指摘するだけではまったく不十分で、きちんとそれを探す方法を開発すると共に、実際にそれを適用して発見につなげる必要があることは言うまでもないでしょう。


コバルトリッチクラスト


 熱水鉱床の他にも、日本周辺にはコバルトリッチ・マンガンクラスト(コバルトリッチクラスト)鉱床があります。 コバルトリッチクラストは、成分はマンガン団塊と同じですが、形態が異なり海山などの表面を約10cmの厚さでびっしり覆うクラスト状のものです。銅・コバルト・ニッケル・白金・レアアース(稀土類元素)・リン・チタンなどを含み、膨大な資源量があります。これは、冷たい海水から100万年に3ミリという非常にゆっくりした速度で沈でんしたもので、古い海底でなければ厚くなりません。幸い、日本の東南方にある南鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ)内の海山は世界で最も古く(約1億年前)、コバルトリッチクラストが厚く発達しています。
 これと、先に説明した海底熱水鉱床の2つを採取することができれば、日本の先端的技術を支える非鉄金属、レアメタル、貴金属類をほぼカバーすることができます。これら2種の海底資源は、日本の主権の及ぶ大陸棚に存在し、しかも現在のところ世界で最も有望なものといえます。よって日本の資源安全保障の意味からも、両方の資源の調査・探査法を、世界に先駆けて開発することが必要なのです。


海に覆われた広大な国土の開発


 国連の大陸棚限界委員会の勧告に基づき、2014年9月9日、日本政府は大陸棚を延長するための政令を閣議決定しました。日本の大陸棚(排他的経済水域を含む)は陸地の12.6倍、アメリカ本土の約半分という広大な国土です。海に覆われているとはいえ、大陸棚の海底は日本に与えられた最後のフロンティアといえるでしょう。ここでのフロンティア開拓をどのように進めていくのかについては、残念ながらまだ政府内に国土計画がありませんが、「海のジパング計画」はその先がけとなるものです。つまり、海洋資源調査は、資源開発のみにつながるのではなく、日本が真に海洋立国となるための道を開拓するものと信じ、努力しているところです。


研究計画の3本柱


 「海のジパング計画」の研究には3本の柱があります。第1の柱は、海底下にどのような資源があるのかを知るため、鉱床の実態と成因を解明するというものです。2番目の柱は、民間と協力して行う技術開発です。これは海底鉱物資源を現在の数倍以上効率良く調査するシステムを開発するものです。そして、3番目の柱として、将来の開発を見越し、環境影響の評価と生物多様性の保護を行う技術の開発をします。
 計画の実現にはどうしてもこの3本の柱が必要です。というのも、海底資源の探査・開発は未踏技術で、多くのリスクが存在します。海底油田・ガス田の探査・開発については、世界に数兆円規模のマーケットが存在していますが、鉱物資源に関してはまったく存在せず、これからの技術です。そこに焦点を当てて、先行リスクを考慮しつつも、先行者としてのメリットを最大限に活かすために、世界で初めてそれに着手するというのが本計画です。本計画は実際の資源開発についてはカバーしていませんが、開発に先駆けて充分な資源量があるのかという、最もキーになる部分を担当しています。さらに、現在具体的な基準が存在しない海洋資源開発の環境保全プロトコルの開発を世界に先駆けて行い、海洋環境保全と生物多様性保護を念頭に置いた計画の実現に寄与するものです。


計画の概要 4


 陸上での資源探査の場合は人工衛星等を用いたリモートセンシング、空中物理探査、地上物理探査、ボーリングと、広域から面積を狭めていって精密探査に移行します。しかし海洋の場合、海水が電磁波を通さないため、リモートセンシングの手法が適用できません。そこで、まず船上からの物理探査しか方法がありませんでした。しかしわが国では、本計画に先駆けて文部科学省が取り組んできた、海底資源探査のためのセンサー技術開発計画の成果が出始めており、さらには、各省庁・大学等において様々な要素技術の研究開発が進んでいます。それらを自律型無人探査機などに搭載して、深海物探を行うというのが本計画の目玉の一つです。AUVは探査対象に近づいて詳細な情報をえるために不可欠な手段です。各種要素技術をAUVに搭載可能にするため小型・効率的にし、そこで得られた情報を陸に送る調査システム開発を、産学官一体で推進します。そして、民間企業が海洋資源調査を担えるようにシステムを実用化する、といった手法を考えていきます。さらに、音響カメラ、通信技術、掘削技術など、関連する新しい技術は枚挙にいとまがありません。さらには、環境影響評価に関してモニタリング技術の開発のみならず、生態系保護のグローバルスタンダードを我々の方法で提案し、発信していく計画です。
 本計画の出口は、日本発の技術による海洋資源調査産業の創出、日本の調査技術及び環境影響評価手法の国際標準化で、それを5年計画で行い、「海のジパング」を目指そうと頑張っています。さらには、海外市場進出へのプランを考えています。海洋資源調査は国の百年の計であり、長期的な取り組みを継続して行くべきものです。今回の「海のジパング計画」は、その最初の一歩です。
 皆様の御指導と御鞭撻をお願い申し上げます。



1戦略的イノベーション創造プログラム【SIP】
 政府の重要方針である「科学技術イノベーション総合戦略」及び「日本再興戦略(成長戦略)」に基づき、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が司令塔機能を発揮し、科学技術イノベーションを実現するために創設された、府省・分野の枠を超えた横断型プログラムです。
「次世代海洋資源調査技術」を含む11課題が認定されました。

2資源に富んでいた日本
 日本では、天平時代に金が陸奥国 黄金迫で見つかり、奈良の盧舎那仏を黄金に飾りました。戦国時代頃までに合計で100~200トンの金が産出されたと推定されており、それが黄金の国ジパングの伝説につながったと考えられます。銀についても、フランシスコ・ザビエルが日本を「銀の島」と呼んだように、16世紀末から17世紀初頭にかけて、累積で1万トン位の銀が輸出されたと考えられています。銀の開発によって、日本には鉱山開発の伝統が生まれました。江戸時代には手掘りでしたが、明治時代に政府が西洋の近代的採掘法を各鉱山に導入して一気に産出量を増やし、明治20年代には10年程、世界最大の銅の輸出国になりました。このように、日本は小さな列島ですが、金・銀・銅など多くの陸上資源に富んでいたのです。

3日立鉱山(5.3億年前)、別子鉱山(1.5億年前)、小坂鉱山および花岡鉱山などの黒鉱鉱床(1400万年前)など。年代は野崎ら(2012,2014)による。これらはいずれも日本を代表する銅・鉛・亜鉛・金・銀の鉱山であった。

4これについては内閣府のホームページで公表されているSIP課題研究開発計画をご覧下さい。このホームページにも分かりやすく説明がされていますので、参考にして下さい。

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