IACEは、多彩な分野から調査、研究、シミュレーションを進めるだけでなく、計測機器や観測技術の開発にも力を注いでいます。北極という、人間にとっても、計測機器にとっても過酷な環境で、よりスムーズに観測を行ったり、より多くのデータやサンプルを集めたりするために、私たち「北極観測技術開発グループ」は工学的なノウハウを駆使しながら、機器の改良やその安定的な運用、そして、技術革新に取り組んでいます。
海洋研究によく使用される機器のひとつに、「海洋気象ブイ」があります。これは高精度で環境を計測できる機器で、たとえば水温などは1/100℃以上の精度で正確に計測することができます。北極観測の現場では、このブイを氷に埋め込み、言わば氷につなぎ止めて係留させる方法で、氷の下の水温や水質をはじめとする北極環境を、1年を通して計測する方法が用いられてきました。しかし現在は、温暖化の影響で夏になると氷そのものがなくなってしまう海域が増え、ブイが消失し、計測を続けられなくなるというリスクが高くなってきました。また、最近では軽量化や設置の簡素化が進んでいますが、初期のブイは1台あたりの設置に大人6人ほどの人手と重機を必要としていました。コストや人的リソースをいかに削減し、観測の効率を高めるかということも、機器開発において重要なポイントとなります。このような背景のもと、今世界的に求められているのは、「AUV」と言われる自立型無人潜水機の開発です。氷の無い開水域や氷縁域までは船で行くことができますが、AUVが投入されれば、これまで行われたことのない、氷に閉ざされた海域での広範囲にわたる観測が可能になると期待されています。実は、氷の下は、まだ誰も見たことがない世界なのです。そこを自在かつ安全に、観測することができたら、北極への理解がより深まるはずです。さらに、JAMSTECではセンサ開発も行っており、生物の活性度を測るためのATPセンサや、国際コンペで高い評価を得たpHセンサ「HpHS」など、高度なセンシング技術をAUVに搭載できれば、さらなる理解が期待されます。その実現をめざし、私たちはまず、自動観測フロートに自走モーターを取り付け、よりスマートなフロート観測が行える技術開発に取り組み、氷の下の観測に挑もうとしています。しかし、その実現のためには、さまざまな技術的課題を乗り越えなければなりません。コンパスが効かない北極では、今いる場所を知ることさえ困難です。人工衛星と通信をやり取りしようとしても、氷にフタをされた海域ではそれも叶いません。また、モーター付きフロートにカメラをつけて氷を下から撮影しようというアイデアもあるのですが、撮影した画像データをいかに回収するかということも問題です。観測場所が北極であるがゆえの、さまざまな壁があるのです。
しかし、困難が多いからこそ、挑戦する価値があります。
誰も観測したことがない場所、誰も研究したことがない対象を、無人で安全に探索できるようにする機器の開発。どんな研究者のどんな要望にも応えられる、マルチなプラットフォームの開発。北極研究をメカトロニクスで支える私たちのロマンが、そこにあります。