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2010年 12月 16日
独立行政法人海洋研究開発機構

未培養好熱性アーキアの全ゲノムを世界で初めて解明
〜真核生物とアーキアの新たな関係の発見〜

1.概要

独立行政法人 海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)海洋・極限環境生物圏領域の布浦 主任研究員は、慶應義塾大学先端生命科学研究所(所長 冨田 勝)、東京大学大学院新領域創成科学研究科および京都大学大学院工学研究科と共同で、メタゲノム解析(※1)の手法を用い、地下熱水環境に生息するこれまでに全く培養されていないグループに属する好熱性アーキア(古細菌、※2)の全ゲノム解析に世界で初めて成功しました。その結果、このゲノム中から、これまで真核生物にのみ存在するとされていたユビキチン蛋白質が、他の蛋白質を修飾するのに不可欠な遺伝子セットを発見しました。このユビキチン蛋白質による蛋白質修飾と、それに連続する修飾された蛋白質の分解は、真核生物の生命維持に必須な仕組みですが、この発見は、この仕組みが、アーキアと真核生物の分化以前に既に存在していたことを示すものです。また、生物の階層分類における基本的分類階級は、界−門−綱−目−科−属−種と細分化されますが、この好熱性アーキアは、このうち門レベルで新規な系統となる可能性があることがわかりました。

この成果は、Nucleic Acids Research 誌(電子版)に12月15日付で掲載されました。

タイトル :
Insights into the evolution of Archaea and eukaryotic protein modifier systems revealed by the genome of a novel archaeal division
著者名 :
Takuro Nunoura1, Yoshihiro Takaki1, Jungo Kauta1, Shinro Nishi1, Junichi Sugahara2,3, Hiromi Kazama1, Gab-Joo Chee1, Masahira Hattori4, Akio Kanai2,3, Haruyuki Atomi5, Ken Takai1, Hideto Takami1
(布浦拓郎・高木善弘・角太淳吾・西真郎・菅原潤一・風間宏美・池甲珠・服部正平・金井昭夫・跡見晴幸・高井研・高見英人)

1.独立行政法人海洋研究開発機構・深海地殻内生物圏研究プログラム 2.慶應義塾大学・先端生命科学研究所 3.慶應義塾大学大学院・政策・メディア研究科 4.東京大学大学院・新領域創成科学研究科 5.京都大学大学院工学研究科

2. 背景

この約20年の微生物生態研究の進展により、これまで全く培養されていない微生物系統群(未培養微生物)が、アーキア・バクテリアを問わず、多数存在することが知られています。一方、近年、自然環境中の微生物を、培養を経ずに、ゲノム解析を行うメタゲノム解析の手法が著しく進展しており、メタゲノム解析により特定の微生物について全ゲノム解析を行う手法も報告されてきています。

今回全ゲノム解析の対象となったCandidatus ‘Caldiarchaeum subterraneum’(カルディアーケルム サブテラネウム、以下C. subterraneum)は、深海底熱水環境、地下温泉等から極一部の遺伝子情報しか検出されていない未培養系統群に属しています(図1)。この系統群は、当研究プログラムによる度重なる培養の試みによっても、培養に成功しておらず、遺伝情報はおろか、どのようにエネルギーを獲得して生きているのかすら未解明のままでした。

一方、真核生物においては、不要な蛋白質の分解処理を行い、細胞の機能制御・維持に不可欠な仕組みとしてユビキチン−プロテアソームシステム(※3)が知られ、最も原始的とされる系統の単細胞真核生物にも存在が確認されています。近年、一部の原核生物においても類似のシステムの存在が明らかにされつつありますが、真核生物の仕組みとは大きく異なっており、あらゆる原核生物(アーキア・バクテリア)において真核生物型の仕組みは見つかっていませんでした。従って、真核生物型のユビキチン−プロテアソームシステムは、原核生物から真核生物が誕生する際に生じた劇的な進化に伴って成立した分子機構の一つであると考えられていました。

3.研究手法の概要

本研究では、採取した微生物群集から直接抽出したゲノム断片を大腸菌に導入し、個々の大腸菌株に導入されたゲノム断片からアーキア由来と推測されるものを選択しました。そして、アーキア由来と推測されるゲノム断片について、従来型遺伝子解析装置及び従来型の遺伝子解析装置に比べ数十倍以上の遺伝子解析速度を有する次世代型の遺伝子解析装置を用いて解析を行いました(図2)。

4.結果と考察

メタゲノムライブラリー中のゲノム断片を繋ぎ合わせ、計1,680,938 塩基対の環状ゲノムを再構成することに成功し、計1777遺伝子が見出されました。なお、このゲノムサイズは、好熱性アーキアとしては標準的な大きさですが、ヒトゲノムの1/1500以下の大きさです。このゲノム解析及び、他のアーキアゲノムの比較より、C. subterraneum及び、アーキア-真核生物の関係について、以下の点について明らかになりました。

a.
C. subterraneumは、酸素あるいは硝酸イオンを用いて水素を酸化して獲得したエネルギーを用い、二酸化炭素を固定して生きる好熱性アーキアである。
b.
C. subterraneumは、既存の分類群や、近年新しく提唱されている分類群とも異なる性質を有し、アーキアにおける新しい分類群(門)に分類される可能性がある。
c.
C. subterraneumは、真核生物のユビキチン−プロテアソームシステムに不可欠な遺伝子群を備えている。また、これらの遺伝子配列は、原核生物に見出される類似システムに関する遺伝子とは著しく異なり、真核生物からアーキアへ伝播してきた形跡も認められない。したがって、真核生物の細胞機能維持に不可欠な真核生物型のユビキチン−プロテアソームシステムの原型は、真核生物(あるいはその先祖)とアーキアが分化する以前に、既に存在していたと考えられる。

5.今後の展望

今後は、今回のメタゲノム解析によりC. subterraneumから見出された真核生物型のユビキチン−プロテアソーム系の原型と推測される仕組みが、実際に真核生物と同様の反応機構を持つのかどうかを調べ、真核生物の進化において非常に多様化したユビキチン修飾に関する仕組みがどのように発達してきたのかを解明していきます。

また、今回の研究で得た、新奇好熱性アーキアC. subterraneumゲノムは、世界で唯一当機構のみが所有する貴重な遺伝子資源であり、基礎研究の他、新たな耐熱酵素資源として、試薬開発、食品加工等の応用研究への活用が期待されます。当機構では、今後も、培養技術の向上に努めると共に、メタゲノム解析技術を用いた多様な未培養系統群微生物の研究を進め、我が国独自の生物・遺伝子資源の開発と、その有効利用が促進される道を拓くために不可欠な基礎的知見を提供していきます。

※1 メタゲノム解析

培養等、微生物を単離する手段を経ずに生物集団から抽出したゲノムDNAを解析する手法。通常、特定遺伝子のみを増幅する手法は含めない。

※2 アーキア(古細菌)

地球上のあらゆる生命体は、アーキア(古細菌)・バクテリア(真正細菌)・ユーカリア(真核生物)の三つに分類される。アーキアは従来、クレンアーキオータ及びユーリアーキオータの2綱からなるとされてきたが、近年の培養技術の進歩及びゲノム解析の結果、最も始原的とされるコルアーキオータ綱、海洋・土壌等に生息するタウムアーキオータ綱が新たに提唱されている(図1)。

※3 ユビキチン−プロテアソームシステム

ユビキチン蛋白質を分解対象となる蛋白質に結合してマーキングし(対象蛋白質中の特定アミノ酸に、ユビキチン蛋白質が結合する)、プロテアソームという蛋白質分解装置(蛋白質分解酵素複合体)によって分解する過程。

図1 アーキアの未培養系統群
図1 アーキアの未培養系統群

遺伝子塩基配列による、アーキアの系統樹。今回研究に用いたアーキアは図中の赤字の分類群に属する。門、綱あるいは目に相当する系統群を一つの枝として示している。

図2 遺伝子解析の作業の流れ
図2 遺伝子解析の作業の流れ

採取した微生物群集から抽出したゲノム断片を大腸菌の小型環状ゲノム(フォスミド)と結合し、大腸菌に導入する(1)。個々の大腸菌株に導入されたゲノム断片の末端配列を解析し、アーキア由来と推測されるゲノム断片を含むフォスミドを選択する(2)。そしてアーキア由来と推測されるゲノム断片について、遺伝子解析装置を用いて解析を行う(3)。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏研究プログラム
主任研究員 布浦 拓郎 電話:046-867-9707
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 電話:046-867-9193