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プレスリリース

2015年 3月 17日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学
国立大学法人広島大学
静岡県公立大学法人静岡県立大学
国立大学法人筑波大学

外洋の深海底堆積物に酸素に満ちた超低栄養生命圏を発見
~地球内部の生命圏と元素循環に新しいパラダイム~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)高知コア研究所地球深部生命研究グループの稲垣史生上席研究員、諸野祐樹主任研究員らは、米国ロードアイランド大学・東京大学・広島大学・静岡県立大学・筑波大学などと共同で、統合国際深海掘削計画(IODP、※1)第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」を実施し、地球上で最も海水の透明度が高いこと(=海水中の有機物が最も少ない)で知られる南太平洋環流域の海底を米科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション号」(※2)で掘削しました。同航海により採取されたコア試料(※3)を分析し、世界各地の海洋堆積物の堆積速度や酸素濃度等に関するデータと比較・統合した結果、全海洋の最大37%の範囲を占める外洋環境(※4)において、表層から1億年を超える海洋地殻(玄武岩)直上までの全ての堆積物に酸素が存在していることを世界で初めて実証しました。さらに、それらの酸素に富む堆積物環境に、極めて代謝活性が低い好気性の微生物が生息する「超低栄養生命圏」が存在することを発見しました。

本発見は、海洋および地球内部における元素循環や生命圏が、これまで考えられてきたよりも広がりをもつことを示す、極めて重要な研究成果です。

なお本研究の一部は、日本学術振興会の科研費26251041、24651018、24687004及び最先端・次世代研究開発支援プログラム(GR102)の一環として行われたものです。本成果は、英科学誌「Nature Geoscience」(電子版)に3月17日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Presence of oxygen and aerobic communities from seafloor to basement in deep-sea sediment
著者名:
Steven D’Hondt1,9、稲垣史生2,9、Carlos Alvarez Zarikian3,9、Lewis J. Abrams4、Nathalie Dubois9、Tim Engelhardt9、Helen Evans9、Timothy Ferdelman9、Britta Gribsholt9、Robert N. Harris9、Bryce W. Hoppie9、Jung-Ho Hyun9、Jens Kallmeyer9、Jinwook Kim9、Jill E. Lynch9、Claire C. McKinley4、光延聖5,9、諸野祐樹2,9、Richard W. Murray9、Robert Pockalny1、Justine Sauvage1、下野貴也6,9、白石史人7,9、David C. Smith1,9、Christopher E. Smith-Duque9、Arthur J. Spivack1,9、Bjorn Olav Steinsbu9、鈴木庸平8,9、Michal Szpak9、Laurent Toffin9、浦本豪一郎2,9、山口保彦8,9、Guo-liang Zhang9、Xiao-Hua Zhang9、Wiebke Ziebis9
所属:
1. ロードアイランド大学(米国)、2. 独立行政法人海洋研究開発機構、3. テキサスA&M大学(米国)、4. ノースカロライナ大学(米国)、5. 静岡県公立大学法人静岡県立大学、6. 国立大学法人筑波大学、7. 国立大学法人広島大学、8. 国立大学法人東京大学、9. IODP第329次研究航海乗船研究者

2. 背景

過去10年以上にわたる科学海洋掘削における生命科学研究の進展により、地球全体の海洋下に約2.9×1029細胞の微生物(※5)が生息する「海底下生命圏」が存在しており、地球に残された最後の生命圏フロンティアと言われています。これまでに、JAMSTEC高知コア研究所の掘削コア試料を用いた最先端の地球科学・生命科学融合研究などから、有機物を多く含む大陸縁辺の堆積物に生息する多様な未知微生物の検出(2006年2月6日既報)や、46万年前の地層に生息する微生物が生細胞である証拠(2011年10月11日既報)、さらに天然ガス・メタンハイドレートなどの海底炭化水素資源の形成プロセスに関与するアーキア(古細菌)の培養に成功(2011年6月9日既報)など、海底下に広がる生命圏の実態に関する謎が次々と明らかになってきています。

一方、海水中の基礎生産量(※6)が極めて小さく、有機物をほとんど含まない外洋の堆積物環境については、そこに生命が存在するかどうかを含め、生命圏の実態や地球化学的特徴の大部分が未解明でした。これまでに、北太平洋環流域や南太平洋環流域(※7)などの外洋環境において、海底下約20m程度までのコア試料を用いた予備調査が行われ、大陸縁辺の堆積物に比べて、およそ1,000分の1から100万分の1レベルと著しく少ない微生物細胞の存在と、堆積物の間隙水に含まれる溶存酸素(※8)の存在が確認されていました。しかし、海洋地殻(玄武岩)上に積もった外洋の海底堆積物は、厚いところで100m以上におよぶことから、より深い部分(玄武岩直上まで)の外洋堆積物環境に、どのような生命圏が広がっているかについては不明でした。

3. 成果

2010年10月~12月にかけて、地球上で最も表層海水の基礎生産量が小さく、最も透明度の高い海域として知られる南太平洋環流域において、米国の科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション号」を用いたIODP第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」(共同首席研究者:Steven D’Hondt(米国ロードアイランド大学)・稲垣史生(JAMSTEC))を実施しました(2010年10月8日既報)。

同航海では、南太平洋環流域の中心域を含む7箇所の掘削地点(サイトU1365-U1371、水深3,740~5,695m、温度1.1°C~10.6°C)で調査を行い(図1)、海底表層から玄武岩直上までの全ての堆積物(厚さ最大131m)のコア試料を採取しました。掘削されたコア試料は、船上に回収後直ちに冷蔵実験室に運ばれ、微小電極及び光学式酸素センサーを用いた溶存酸素濃度の測定を行うと同時に、間隙水中の化学成分の分析や堆積物の地質学的な特徴等に関する船上分析が行われました(図2)。また、コア試料に含まれる微生物細胞の数を正確に測定するため、外部汚染を受けていないコア中心部から無菌的にサンプルを採取し、JAMSTEC高知コア研究所により開発された高精度・高感度細胞計数法(※9)を用いて分析を行いました。

分析の結果、南太平洋環流域全ての掘削サイト(還流外縁のリファレンスサイトU1371を除く)において、海底表層から約1億2000万年前(白亜紀)に形成された玄武岩直上までの全ての堆積物の間隙水中に、酸素が溶存していることが明らかになりました(図3)。微生物の活性が高い大陸沿岸の堆積物環境では、海水から供給される酸素は海底下数ミリメートルから数メートルの範囲内で完全に消費され、嫌気・無酸素状態になります。一方、南太平洋環流域のような栄養源に乏しい外洋環境においては、堆積物中の微生物の代謝活性が著しく低いために、海水からゆっくりと拡散・浸透する酸素が完全に消費されず、玄武岩にまで到達していることが世界で初めて実証されました。また、本研究航海により得られたデータを、これまでの科学海洋掘削調査により得られた世界各地の海洋堆積物の堆積速度や酸素濃度等に関するデータと比較・統合することにより、全海洋の最大37%の範囲で、海水から堆積物へと供給された比較的豊富な酸素が、上部玄武岩を含む海洋地殻に供給されていることが示唆されました(図4)。

さらに、南太平洋環流域の深海底堆積物には、微生物の栄養源となる有機物の濃度が0.25%~0.002%(検出限界)以下と極めて少量(図3)であるにもかかわらず、堆積物1 cm3あたり約103~104細胞程度(※10)の微生物が生息していることが明らかになりました(図3図5)。堆積物中の酸素濃度の減少分を、堆積物中の微生物のエネルギー代謝(酸素呼吸)により消費される濃度に換算すると、1年間に消費される酸素の量は、堆積物1 cm3あたり約10-13~10-11mol程度と超微量であり、微生物1細胞あたりが1年間に呼吸する酸素量は、10-17~10-14mol程度(※11)であると試算されます。これは、南太平洋環流域のような冷たい深海底堆積物に、必要最低限のエネルギーを消費しながら存続する生命の存在を示す証拠であると同時に、地球の広大な深海底堆積物環境に、地球上で最も代謝活性の低い「超低栄養生命圏」が存在することを示しています。

4. 今後の展望

外洋の広い範囲の堆積物環境において、海底表層から玄武岩直上までの全ての空間に酸素と生命が存在することは、同環境に海底下生命圏の深度限界は存在しないことを意味しています。さらに、海水から広い範囲で海洋地殻に供給される酸素は、上部玄武岩に豊富に含まれる鉄や硫黄など様々な金属元素の遷移状態や、海洋プレートの沈み込みに伴う上部マントルの酸化、ひいては大気・海洋における酸素濃度の変化等、地球環境に少なからぬ影響を与えている可能性があります。また、そうした作用が堆積物直下の地殻内生命圏(玄武岩などの岩石環境における生命圏)の栄養源となっている可能性も否定できません。

一方、JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」による科学掘削の成果等から、日本近海のように表層海水の基礎生産量が高く、有機物を多く含む沿岸堆積物には、嫌気的で肥沃な海底下生命圏が海底下深部にまで拡がっており、天然ガスやメタンハイドレートといった海底炭化水素資源の形成をはじめとする元素循環に重要な役割を果たしていることが明らかになりつつあります。

今後、「ちきゅう」による科学海洋掘削等を通じて、地球上の異なる海洋堆積物環境における生命圏の機能や限界を規定する環境要因などが解明され、海底下における生命進化や生存戦略、地球規模の元素循環や気候・地殻変動との関連性等について、多くの歴史的な発見や新しい学術的パラダイムが創出されることが期待されます。

※ 1 統合国際深海掘削計画(IODP: Integrated Ocean Drilling Program)

日・米が主導国となり、2003年~2013年までの10年間行われた多国間国際協力プロジェクト。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、海底下生命圏等の解明を目的とした研究航海を実施した。2013年10月からは、国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)という新たな枠組みの多国間国際協力プロジェクトに移行している。

※ 2 ジョイデス・レゾリューション号

米国がIODPに提供するノンライザー型掘削船。JAMSTECが提供するライザー型の地球深部探査船「ちきゅう」と比べて浅部の掘削を多数行う役割を担う。

※ 3 コア試料

掘削などによって採取される柱状の堆積物サンプル。JAMSTECと高知大学が共同運営する高知コアセンター(高知県南国市)には、IODPなどの科学海洋掘削によって全海洋の約1/3の海域(西太平洋やインド洋など)から採取されたコア試料(全長約100キロメートル分)が保管・管理されている。

※ 4 外洋

河川水や土砂などの陸上からの影響が及ばない沖合の海域。一般的に、大陸棚斜面から沖合の外海(そとうみ)を指す。

※ 5 海底下生命圏のバイオマス

炭素量に換算すると約4ギガトンに相当し、地球の全生命体炭素の約1%を占めると試算されている。(Kallmeyer et al., PNAS, 2012; Hinrichs and Inagaki, Science, 2012を参照)

※ 6 基礎生産量

海水中に生息する微生物の光合成による有機物の一次生産の量。観測衛星による海水中のクロロフィル(光合成色素)のスペクトル分析などの結果から、大陸縁辺や赤道域で多く、外洋の環流域で少ない傾向が見られる。

※ 7 環流域

海流が広い範囲で円を描くような海域。一般に環流域の中心部は、海流によって運ばれる物質供給経路が閉ざされ、基礎生産量が著しく小さい超低栄養海域となる。

※ 8 溶存酸素

堆積物を構成する鉱物粒子の隙間に含まれる水に溶け込んでいる酸素(O2)。

※ 9 高精度・高感度細胞計数法

堆積物の鉱物粒子から超音波処理や多重密度勾配遠心を用いて細胞を剥離・回収し、ゲノムDNAを特異的に吸着する蛍光色素で細胞を染色することで、コンピューターを用いた蛍光顕微鏡のイメージ解析により客観的に細胞を計数する手法.(Morono et al., ISME J., 2009; Environ. Microbiol., 2014を参照)

※10 南太平洋環流域の堆積物中の微生物細胞数

沿岸の堆積物の同じ深度と比較して、1/100以下の低濃度の微生物細胞数。

※11 微生物1細胞あたりが1年間に呼吸する酸素量

1秒間に0.1~100個程度の電子を消費する程度の、極めて小さなエネルギー消費。
図1

図1IODP第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」の掘削サイト(U1365-U1371)。色の変化は、表層海水の基礎生産の指標となるクロロフィルaの濃度を示す。

図2

図2掘削船ジョイデス・レゾリューション号(左)とIODP第329次研究航海における微生物分析試料を採取する様子(右上)。船上に回収されたコア試料は、約4°Cに設定された船内の冷蔵実験室に運ばれ、センサーによる溶存酸素濃度の測定が行われた(右下)。

図3

図3IODP第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」により採取された堆積物のコア試料(海底表層から玄武岩直上まで)に含まれる細胞数(左)、溶存酸素濃度(中)、全有機物濃度(右)の深度プロファイル。

図4

図4海底表層から玄武岩まで酸素が到達している海域を示す地図。青:高い確率で酸素が玄武岩まで到達している範囲、水色:酸素が玄武岩まで到達していると推定される範囲、 赤点:玄武岩層まで酸素が到達していることが確認された地点、黄点:海底下7-34mまでの掘削調査から玄武岩層への酸素到達が推測される地点、黒点:酸素が海底下数センチメートルから数メートルで検出されなくなった地点。

図5

図5.南太平洋環流域のサイトU1369から採取された深海底堆積物に生息する超低栄養微生物の顕微鏡写真(中央の明るく光る緑色の部分)。微生物細胞を堆積物から剥離し、細胞内に含まれるゲノムDNAを蛍光色素で染色したもの。1μm(マイクロメートル)は、1ミリの1/1000。

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
高知コア研究所 地球深部生命研究グループ グループリーダー
 稲垣 史生
同研究グループ グルーリーダー代理
 諸野 祐樹
(報道担当)
広報部 報道課長
 菊地 一成
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