平成28年3月26日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人広島大学
1.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦、以下「JAMSTEC」)高知コア研究所の富岡尚敬主任技術研究員、伊藤元雄主任技術研究員、及び国立大学法人広島大学大学院理学研究科の宮原正明准教授からなる研究グループは、母天体における衝突により高温高圧を経験した隕石中に、超高圧でしか形成されない特殊なガーネットを世界で初めて発見しました。
地球の地殻やマントルには、マグネシウムに富む(MgSiO3成分に富む)輝石というケイ酸塩鉱物が豊富に含まれています。MgSiO3輝石は16-22万気圧の圧力、1,600-2,400°Cの温度で「正方晶ガーネット」と呼ばれる輝石より密度の高い結晶構造に鉱物転移することが、1980年代半ばの高温高圧合成実験により知られていました(Kato and Kumazawa, 1985)。しかし、天然の岩石中に正方晶ガーネットが見つかった例はこれまではありませんでした。
そこで研究グループは、1879年にオーストラリアに落下した隕石に含まれる、衝撃で変成した部分を、JAMSTEC高知コア研究所が所有する超高空間分解能の透過電子顕微鏡を用いて詳細に解析しました。その結果、MgSiO3組成に富む正方晶ガーネットを世界に先駆けて同定し、その存在を明らかにしました。さらに、このガーネットの生成条件は圧力17-20万気圧、温度1,900-2,000°C、衝撃後の冷却速度は1,000°C/秒以上であると推定しました。
今回発見された正方晶ガーネットは、小天体の物性や相互の衝突速度など初期太陽系プロセスを探る重要な鍵をにぎるほか、地球内部のマントルにも存在する可能性があり、マントルの物性を解き明かす上で大きな役割を担うことが期待されます。研究グループでは、今後、ケイ酸塩鉱物からなる様々な種類の石質隕石について超高圧鉱物とその周辺の鉱物の衝撃組織や元素分布を詳しく分析し、小惑星の表層環境変化を調べる研究を進める予定です。
本成果は米国国科学振興協会(AAAS)が発行する科学誌「Science Advances」に3月26日付(日本時間)で掲載される予定です。なお、本研究はJSPS科研費15H03750の助成のもとJAMSTEC高知コア研究所と広島大学大学院理学研究科との連携協定の一環として行われました。
タイトル::Discovery of natural MgSiO3 tetragonal garnet in a shocked chondritic meteorite
著者:富岡尚敬1、宮原正明2、伊藤元雄1
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構 高知コア研究所
2. 国立大学法人広島大学大学院理学研究科 地球惑星システム学専攻
2.背景
地球の地殻やマントルには、マグネシウムに富む(MgSiO3成分に富む)輝石というケイ酸塩鉱物が豊富に含まれています。それらの結晶構造(相)が様々な温度圧力条件下でどのような相に転移するかを知ることは、地球の深部を構成する物質を理解する上で極めて重要です。このため、地球深部に相当する高温高圧条件を実験的につくりだし、その構造変化を探る研究が活発に行われてきました。それにより地球中心核からマントル境界(深さ約2,900km)までを構成する鉱物とその結晶構造の推定が可能になりつつあります。
一方で、地球深部の物質を直接手に入れ、構造変化を解明する研究も進められています。しかしながら、ダイヤモンド結晶中に閉じ込められた包有物として、マントル深部起源の鉱物が地表にもたらされた例はあるものの、地下数百kmもの深さから直接試料を採取することは、大変困難です。
ところが意外なことに、ケイ酸塩の超高圧相の多くは、地球外からもたらされる隕石の中から発見されています。多くの隕石の起源は、小惑星帯と考えられています。その小惑星は地球よりはるかに小さい天体ですが、相互の高速衝突により、非常に短時間に地球深部に相当する高温高圧状態が達成されるためです。 高温高圧実験により確立された相平衡によると、MgSiO3は常温常圧下では輝石の結晶構造をとりますが、1,600°C以上の高温で圧力が上昇すると、正方晶ガーネット相、イルメナイト相、ペロヴスカイト相という順序で構造が変化することがわかっています(図1)。このうち、天然のイルメナイト相、ペロヴスカイト相は、1990年代に隕石中で初めて発見されました(Tomioka and Fujino, 1997)。
こうした超高圧相は、隕石中に微量にしか存在しないため、ねらいをつけた微小な領域を高分解能分析用に加工するには、これまで大きな技術的困難がありました。特に正方晶ガーネット相は、一般的なガーネットと結晶構造が似ているために、微小な粒子からの構造判定には、より慎重な観察と解析が必要です。そのため、正方晶ガーネット相(図2)は、これまで自然界での存在が確認できない「幻の鉱物」として残されてきました。
3.成果
JAMSTEC高知コア研究所と広島大学の研究グループは、1879年にオーストラリアに落下したコンドライト(※1)と呼ばれる石質隕石の一種「テンハム隕石」(図3)を用いて、正方晶ガーネットの同定に着手しました。落下地点の地名Tenham(テンハム)に由来するテンハム隕石は、カンラン石、輝石、長石といったケイ酸塩鉱物や鉄ニッケル合金、硫化鉄を含んでいます。この隕石の大きな特徴は、試料全体にわたってケイ酸塩鉱物に、割れや変形の組織が見られること、また局所的にも、幅が1mm以下程度の黒色の脈状組織(衝撃溶融脈)が網の目状に分布していることです。これらの組織は、テンハム隕石がかつて強い衝撃変成にさらされ、母岩のコンドライトが超高圧下で局所的に溶融したことを示しています。
また、この衝撃溶融脈には母岩のコンドライトに含まれる鉱物の破片が取り込まれ、固体のまま超高圧相に相転移しています(図4)。偏光顕微鏡による観察により、コンドライトの破片に含まれる輝石粒子の外縁部が、通常と異なった構造に変化しているらしいことがわかりました(図5)。
そこで、この輝石の外縁部を、数十ナノメートルスケールで微細加工ができる集束イオンビーム加工装置(FIB)(※2)を用いて岩石研磨片から切り出し、厚さ100ナノメートルほどの薄膜にしました。この薄膜を超高空間分解能の透過電子顕微鏡(TEM)(※3)を用いて、さらに詳しい観察を行いました。
観察した領域は、平均で500ナノメートルほどの微細な粒子から構成されています(図6)。分析の結果、これらの粒子は全て、母岩のコンドライトに含まれる輝石と同じ化学組成 (MgSiO3)を持つことがわかりました。また、高感度のCCDカメラを用いて、個々の粒子から電子線回折像(※4)を撮影したところ、地表の岩石にみられる一般的なガーネット(アルミニウムに富む)が持つ立方晶の結晶系(※5)では観察されない、特定の結晶面からの微弱な反射が存在することが明らかになりました(図7)。この反射はテンハム隕石中のガーネットが正方晶であることを示しています。
前述の高温高圧実験により確立されたMgSiO3の状態図(図1)を元に、化学組成や溶融温度も考慮すると、テンハム隕石に発見された正方晶ガーネットが結晶化した条件は、圧力17-20万気圧、温度1,900-2,000°Cと推定されます。また、正方晶の結晶系でのみ現れる結晶面の反射強度(図7の三角で示した輝点)を超高圧合成した正方晶ガーネットと比較することで、衝撃溶融脈が1,000°C/秒以上という極めて高い速度で冷却したことも明らかになりました。
衝撃で発生する圧力は物体の衝突速度に比例します。正方晶ガーネットの形成圧力から見積もると、テンハム隕石の母天体は、約2km/秒の相対速度で他の天体と衝突をしたことがわかりました。割れ目で生じる局所的な摩擦熱があるため、衝撃による温度上昇のプロセスは圧力の上昇と比べると複雑ですが、基本的に衝突速度や元々の隕石物質の柔らかさ(空隙の割合など)が大きいと、衝撃で発生する隕石の平均的な温度は高くなります。しかし、温度が上がりすぎると、衝突後も長い時間熱が残ります。テンハム隕石の母天体をつくる物質の硬さや衝突の速度は、形成された超高圧相が残留熱により常圧で安定な元の輝石に戻ってしまわない、絶妙なバランスであったといえます。
4.今後の展望
隕石に微量に含まれるアルゴンという元素の同位体の比率を質量分析法で測定することで、隕石母天体の衝突年代を求めることができ、アメリカの研究グループを中心に分析が進められています。隕石ごとに鉱物学的・年代学的なデータが蓄積されれば、太陽系小天体が形成されたころの物性、衝突速度、衝突頻度の時間変遷が明らかになっていくと期待されます。
また、MgSiO3組成に富むガーネットは地球外物質としてだけでなく、地球のマントル遷移層(地下400-660km)の主要鉱物と考えられています。マントルのMgSiO3ガーネットにはアルミニウム、カルシウム,鉄などの副成分が含まれます。このような複雑な化学組成でガーネットがどのような結晶系をとるかは、まだ詳細に検討されていませんが、マントル遷移層にも正方晶ガーネットが存在しているかもしれません。その場合、その結晶系の違いがマントルの弾性的性質などの物性に影響を与えている可能性があります。
研究グループでは今後、様々な種類の石質隕石について超高圧鉱物とその周辺の鉱物の衝撃組織や元素分布を詳しく分析し、小惑星の表層環境変化を調べる研究を進める予定です。 得られた知見は、国際深海科学掘削計画(IODP)により2016年の4~5月にメキシコ湾で行われる、チュクシュルーブ隕石孔掘削の試料の衝撃履歴の研究にも応用されます。
本研究に用いた分析・加工装置は、試料から目的の微小領域をピンポイントで取り出し、ナノメートルスケールで結晶学的、化学的データを取得することができる最新のシステムです。この技術は、JAMSTECが運用する地球深部探査船「ちきゅう」が採取する大深度掘削試料のように、微量で希少な試料の分析に非常に有効です。また、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と連携して準備を進めている小惑星探査機「はやぶさ2」による小惑星表層試料の分析にも、重要な役割を果たすことが期待されます。
<用語解説>
※1 コンドライト: コンドリュールという地球外物質に特有な球形の鉱物集合体を含む隕石。
※2 集束イオンビーム加工装置(FIB): 数百ナノメートルから数ナノメートルに絞ったガリウムイオンビームを試料表面に照射してはじき飛ばすことで、試料の極微細加工ができる装置。近年、透過電子顕微鏡用の薄膜試料を作成する目的で、地球惑星科学分野で急速に普及している。(写真は高知コア研究所のFIB。透過電子顕微鏡用の超薄膜試料を作成しているところ。)
※3 透過電子顕微鏡(TEM): 薄膜化した試料に電子線を照射し、透過あるいは回折した強度から、ナノメートル(1メートルの10億分の1)以下のスケールで微細組織や結晶の構造を解析できるタイプの電子顕微鏡のこと。電子線照射により試料から発生したX線を分光し、微小領域の元素分析も行うことができる。(写真は高知コア研究所のTEM)
※4 電子線回折像: 単一の波長を持った電子線を結晶に照射すると、結晶が持つ結晶面それぞれの角度で回折(ブラッグ反射)が生じる。それぞれのブラッグ反射は、結晶の構造と化学組成により、その強度が変化する。
※5 結晶系: 結晶は単位格子と呼ばれる構造単位が3次元的に繰り返されてできている。単位格子の形の区別を結晶系という。単位格子が立方体をしているものは立方晶、一辺の長さが違う正四角柱の形を持つものは正方晶と呼ばれる。(厳密には格子の形だけでなく、原子の位置に基づく対称性も異なる)。