2016年 12月 7日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
この度、国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)(※1)の一環として、「マリアナ前弧域蛇紋岩泥火山掘削」(別紙参照)を実施するため、米国が提供するジョイデス・レゾリューション号(※2)の研究航海が12月8日から開始されます。
本研究航海では、ODP第195次研究航海(※3)においてマリアナ前弧域(別紙※5参照)の蛇紋岩海山の一つである南チャモロ海山に設置されたCORKと呼ばれる長期孔内流体観測・採取装置(※4)の回収と、同装置の改良型であるA-CORK(Advanced CORK)の設置を行うとともに、ブルームーン海山、ビッグブルー海山、セレスティアル海山の頂部と麓部を掘削し、その掘削孔にA-CORKを設置することにより、蛇紋岩海山の成因プロセスの解明および蛇紋岩泥火山海底下環境に形成される極限環境生命圏の存在様式を明らかにすることを目的としています。
この研究航海には日本から4名が参加するほか、米国、欧州、中国、オーストラリア、韓国、ブラジルから計30名の研究者が参加する予定です。
※1 国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)
平成25年(2013年)10月から始動した多国間国際協力プロジェクト。日本が運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を推進する。平成15年(2003年)10月から平成25年まで実施された統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program)の後継にあたるプロジェクト。
※2 ジョイデス・レゾリューション号(右写真)
IODPの掘削に米国が提供するノンライザー掘削船。日本が提供する地球深部探査船「ちきゅう」と比べて浅部の掘削を多数行う役割を担う。
※3 ODP第195次研究航海
1985年から2003年まで実施された国際深海掘削計画(ODP: Ocean Drilling Program)の枠組みにおいて2001年3~4月に行われた研究航海。日本からは4名が参加し、うち1名は首席研究者(Co-chief scientist)を務めた。
※4 CORK(Circulation Obviation Retrofit Kitの略)
海底下の流体を調べるため掘削孔内に設置する長期観測・採水装置。海底下の間隙流体(岩や堆積物の隙間にある水などの流体)の圧力を測る圧力計や、海水と隔離したまま間隙流体を時系列で採取できる採水器などを備えている。
別紙
マリアナ前弧域蛇紋岩泥火山掘削
1.日程(現地時間)
なお、航海準備状況、気象条件や調査の進捗状況等によって変更の場合があります。
2.日本から参加する研究者(氏名50音順)
氏名 | 所属/役職 | 担当研究分野 |
---|---|---|
市山 祐司 | 千葉大学/助教 | コア試料記載 |
鈴木 志野 | 海洋研究開発機構/特任主任研究員 | 微生物学 |
高井 研 | 海洋研究開発機構/分野長 | 微生物学 |
道林 克禎 | 静岡大学/教授 | コア試料記載 |
3.研究の背景・目的
マリアナ前弧域(※5)には、沈み込む海洋プレートから絞り出される水とマントルウェッジ(※6)の比較的低温での反応によって生じる蛇紋岩ダイアピル(※7)から形成された多数の蛇紋岩海山が存在します。これらの蛇紋岩海山の成因は、沈み込む太平洋プレートとフィリピン海プレートの上部マントルとの間に起こる物理・化学相互作用とマリアナ前弧域のテクトニクスに依存すると考えられていますが、その詳細な成因プロセスは明らかになっていません。それを明らかにすることは本研究航海の科学目的の一つであり、その成果はマリアナ海溝域の沈み込み帯の深部構造やテクトニクスといった地質ダイナミズムやその進化の包括的理解に結びつくと期待されています。
マリアナ前弧域蛇紋岩泥火山に関する最大の学術的興味は、蛇紋岩海山海底下に地球で最も高アルカリ性の極限環境が広がっていることです。深海科学掘削計画(ODP)第195次研究航海の成果から南チャモロ海山の海底下にはこれまでに知られる最高pH環境の一つであるpH12.5の蛇紋岩化流体が存在し、メタンや水素といったエネルギー源に富みながらも高アルカリ性によって生命活動が著しく制限された限界的生命圏が存在する可能性が指摘されています。さらにODP195次研究航海で設置されたCORKから海洋研究開発機構の無人探査機「ハイパードルフィン」によって採取された深部蛇紋岩流体の化学・微生物学的解析によって、南チャモロ海山の海底下には「生命圏の限界とその境界条件」が存在している可能性が示されつつあります。
これまでの研究成果から、最も高温高圧条件の蛇紋岩化反応と最も活発なダイアピル活動に支えられた蛇紋岩海山が南チャモロ海山であり、ビッグブルー海山、セレスティアル海山そしてブルームーン海山という順番で、その成因がより低温低圧条件の蛇紋岩化反応とより緩やかなダイアピル活動に起因することが予想されています。つまり、最も生命活動にとって過酷な環境と考えられる南チャモロ海山から、ビッグブルー海山、セレスティアル海山そしてブルームーン海山という順番で、より低pHの水素に富み生命活動に適した海底下環境が形成されている可能性があります。
IODP第366次研究航海のもう一つの大きな科学目的は、マリアナ前弧域蛇紋岩泥火山の海底下環境における極限環境生命圏の成り立ちと働きを明らかにすることです。その成果は、地球における生命圏の限界やその境界条件がどのように決定されるのか、あるいは地球最古の生態系の有力候補と考えられている地球深部蛇紋岩化流体に依存した化学合成生態系がどのような微生物種や代謝・機能によって駆動されているのか、といった大きな科学的命題の解明に結びつくことが期待できます。
※5 前弧域
沈み込んだプレートから絞り出された水が周囲のマントルを部分溶融してマグマを作り、それが上昇して形成される弧状の火山の連なり(島弧または陸弧)から、プレート同士が接する境界である海溝までの領域。
※6 マントルウェッジ
沈み込んでいくプレートとその上のプレートに挟まれたマントルの領域。断面から見ると楔形をしているためwedge(楔)の名が付く。
※7 蛇紋岩ダイアピル
周囲の岩石よりも比重が軽く流動性のある岩体が、周囲の岩石を押し上げながら上方に貫入してできたドーム状の地質構造をダイアピルと呼ぶ。マントルに水が加わってできる蛇紋岩は、マントルよりも比重が軽いため、上昇してダイアピルを形成する。
図2 本研究航海の掘削サイトの位置。南から南チャモロ海山、ブルームーン海山、セレスティアル海山、ビッグブルー海山の掘削予定地点を示す。ODP 1200は過去の掘削孔であり、CORKの回収とA-CORKの設置を行う。その他の掘削サイトではA-CORKの設置を行う。
(なお、航海準備状況、気象条件や調査の進捗状況等によって掘削サイトを変更する場合があります。)
表1 本研究航海の掘削サイトの一覧(掘削順)
サイト名 | 水深 | 目標掘削深度 | 掘削作業予定日数 |
---|---|---|---|
MAF-16A | 4,500m | 250m | 4.8 |
MAF-15A | 3,666m | 200m | 8.5 |
MAF-14A | 3,300m | 350m | 4.7 |
MAF-13A | 2,200m | 250m | 3.1 |
MAF-12B | 1,400m | 250m | 3.1 |
MAF-11A | 1,260m | 200m | 6.8 |
MAF-09B | 2,000m | 200m | 7.3 |
MAF-10B | 3,200m | 300m | 4.6 |
*図2は下記より引用したものを改変