2017年 10月 4日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
1.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)高知コア研究所地球深部生命研究グループの諸野 祐樹 主任研究員、井尻 暁 主任研究員、星野 辰彦 主任研究員及び稲垣 史生 上席研究員は、米国カリフォルニア工科大学と共同で、地球深部探査船「ちきゅう」を用いた統合国際深海掘削計画(IODP、※1)第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削調査」により、青森県八戸市の沖合約80kmの地点から採取された海底下約1.6 kmの泥岩層(頁岩、※2)と約2.0 kmの石炭層(褐炭、※3)に生息する地下微生物の代謝活性を、超高分解能二次イオン質量分析器(NanoSIMS、※4)等を用いて分析しました。その結果、泥岩層や石炭層に含まれる成分であるメチル化合物を代謝し、メタンや二酸化炭素を排出する地下微生物生態系の機能が確認され、それらの微生物細胞の倍加時間が、少なくとも数十年から数百年以上であることを明らかにしました。
これらの研究成果は、大陸沿岸の有機物に富む海底堆積物に生息する地下微生物群が、地層中に含まれる有機成分を持続的に分解し、地質学的時間スケールと空間規模で、石炭の熟成や天然ガス(メタン)の生成といった炭化水素資源の形成プロセスに重要な役割を果たしていることを示唆しています。
本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)による最先端・次世代研究開発支援プログラム(GR102)及び科学研究費助成事業(JP26251041、JP15K14907、JP24687004、JP15H05608、JP24651018、JP26650169、JP16K14817)、アメリカ航空宇宙局(NASA)アストロバイオロジー(Life Underground: NNA13AA92A)、アメリカ国立科学財団(NSF)C-DEBI、米国アルフレッド・スローン財団Deep Carbon Observatory(DCO)、米国ゴードン・ベティームーア財団(GBMF3780)の助成を受けて実施されたものです。
本成果は、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)(電子版)に10月4日付け(日本時間)で掲載される予定です。
タイトル: Methyl-compound use and slow growth characterize microbial life in 2 km-deep subseafloor coal and shale beds
著者: Elizabeth Trembath-Reichert1、諸野祐樹2,3、井尻暁2,3、星野辰彦2,3、Katherine S. Dowson1, 稲垣史生2,3,4、Victoria J. Orphan1
所属:1. カリフォルニア工科大学(米国)、2. 海洋研究開発機構 高知コア研究所 地球深部生命研究グループ、3. 海洋研究開発機構 海底資源研究開発センター 地球生命工学研究グループ、4. 海洋研究開発機構 海洋掘削科学研究開発センター
2.背景
地球表層の約7割を占める海洋のその下には、約1029細胞の微生物が生息する広大な海底下生命圏が存在することが知られています。これまでに、地球深部探査船「ちきゅう」や米国の掘削調査船ジョイデス・レゾリューション号を用いた国際的な科学掘削調査により、(1)海底下に生息する微生物の多くが地球表層の生命(微生物を含む)と系統的に大きく異なり、特異な進化を遂げた性状未知の微生物種から構成されること(2006年2月6日既報)、(2)有機物に富む大陸沿岸域の海底堆積物に生息する微生物の多くが「生細胞」であること(2011年10月11日既報)、(3)外洋の堆積物環境に酸素が豊富に存在する好気的な生命圏が広がっていること(2015年3月17日既報)などが明らかになっています。さらに、2012年、「ちきゅう」による統合国際深海掘削計画(IODP)第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削調査」が青森県八戸市の沖合80 kmの地点で実施され、当時の海洋科学掘削における世界最高到達深度を更新する海底下2,466 mまでの掘削コアサンプル(※5)の採取に成功し(図1)、世界最深の海底下微生物群集の存在が確認されました(2015年7月24日既報)。
これら一連の研究成果は、地球内部の地下環境に、陸域や海洋等の地球表層の生命圏とは特性が大きく異なる「第三の生命圏」が存在し、そこに生息する微生物の代謝活動が、有機物の分解や天然ガス(メタン)の生成等、地球規模の元素循環に重要な役割を果たしていることを示しています。一方、海底下深部の堆積物環境に存在する微生物の栄養源や、生育の速さ(生育しうるのか)については不明でした。そこで、2012年に「ちきゅう」により八戸沖の水深1,180 mの海底から採取された海底下約1.6 kmの泥岩層(頁岩)と2.0 km付近の石炭層(褐炭)のサンプルを用いて、単一細胞レベルのより詳細な分析研究を実施しました。
3.手法
「ちきゅう」の船上ラボにて、青森県八戸沖の海底下1,606 mから採取された泥岩層と1,921〜2,000 mから採取された石炭層のサンプルを無酸素環境下で滅菌されたガラス瓶に入れ、炭素(13C)・窒素(15N)・水素(2H)の安定同位体(※6)で標識されたメタノール(13CH3OH)、メチルアミン(13CH3NH2またはCH315NH2)、アンモニウムイオン(15NH4+)、重水(2H2O)を基質としてそれぞれ少量ずつ添加し、現場環境に近い温度(泥岩層サンプルは37°C、石炭層サンプルは45°C)で暗所に静置しました(図2)。実験開始から30ヶ月後に、ガラス瓶の中に含まれるメタンや溶存無機炭素(二酸化炭素)の炭素・水素安定同位体組成を測定しました。次に、ガラス瓶から泥岩や石炭のサンプルを取り出し、サンプル中に含まれる微生物細胞を海洋研究開発機構高知コア研究所のクリーンルームに設置されたセルソーター(※7)を用いて分取・濃縮した後、1細胞あたりに取り込まれた安定同位体の量を、超高空間分解能二次イオン質量分析器(NanoSIMS)を用いて測定しました。さらに、それらの細胞からゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いて16S rRNA遺伝子断片(※8)の塩基配列を解読し、本実験により生育した微生物の種類を同定しました。
4.結果と考察
安定同位体で標識された基質をサンプルに添加してから30ヶ月後、ガラス瓶の中に含まれるメタンの約0.04%が“重い”メタン(13Cに富むメタン)に変化していることが明らかになりました。これは、13Cで標識されたメタノールやメチルアミンを基質とするメチロトローフ(※9)な代謝活動によるもので、微生物が生育のためのエネルギーを獲得し、その最終産物としてメタンが生産されたことを示唆しています。同様に、溶存無機炭素も、30ヶ月後には“重い”二酸化炭素(13Cに富む二酸化炭素)へと変化していました。これらの結果は、地層中に生息する微生物群がメタノールやメチルアミンといった石炭層(褐炭)に多く含まれるメチル化合物を分解・消費し、最終的にメタンや二酸化炭素を産生する代謝(例えば、メタン生成やメチル発酵など)が起きていることを示しています。
また、安定同位体基質を添加した全てのサンプルから、0.3〜1.2マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)程度の大きさの微生物細胞を検出し、その分取・濃縮に成功しました(図2)。それらの1細胞あたりの元素組成をNanoSIMSで測定したところ、13Cで標識されたメタノールやメチルアミンに由来する“重い”炭素(13C)を同化した細胞や、15Nで標識されたメチルアミンやアンモニウムイオンに由来する“重い”窒素(15N)を同化(※10)した細胞が確認されました(図3)。また、石炭層に生息する微生物群の方が泥岩層に生息する微生物群よりメチルアミンの13Cを同化しやすく、メタノールの13Cよりはメチルアミンの13Cの方が同化されやすい傾向が認められました。また、メチルアミンの15Nよりはアンモニウムイオンの15Nの方が同化されやすい傾向が認められました。さらに、安定同位体で標識された基質に加え、ガラス瓶の中に水素(H2)を添加した条件では、メチルアミンやメタノールの炭素を同化する速度や割合が低下する傾向が認められました(図4)。これらの分析結果は、海底下深部の微生物群の多くが、泥岩や石炭層に含まれるメチル化合物から生育や生命機能の維持に必要な栄養・エネルギーを獲得する機能を持つと同時に、水素がそれらの代謝機能を抑制する働きがあることを示しています。
本研究では、炭素や窒素の同化作用を示した全ての微生物細胞が、重水に由来する水素(2H)を窒素(15N)とほぼ同じ割合で同化していたことが明らかとなりました(図5)。他方、細胞に同化されたメチルアミンやメタノールに由来する13Cの量は、15Nや2Hよりも少ない傾向が認められました。これは、メチルアミンやメタノールが、細胞を構成する新しい生体化合物の元素として使われるだけではなく(同化代謝)、呼吸によりエネルギーを獲得する代謝(異化代謝)に使われ、その代謝産物(メタンや二酸化炭素等)が細胞外に排出されたためと推察されます。さらに、1細胞あたりの全窒素と全水素の量と、30ヶ月間に固定された15Nと2Hの量の割合から、細胞の倍加時間(※10)を推定したところ、数十年から数百年の時間を要することが明らかになりました(図5)。
また、30ヶ月後のサンプルから直接ゲノムDNAを抽出し、16S rRNA遺伝子断片の網羅的な解読により微生物の種類を調べた結果、それらの多くが約2000万年前の陸域の森林土壌や浅海の堆積物環境に由来する固有の地下微生物であることが確認されました(2015年7月24日既報の培養前の結果と類似)。また、長期生存のための内生胞子(※11)を作る微生物種や、好熱性細菌と推測される微生物種が検出されました。
5.今後の展望
本研究の成果は、下北八戸沖の海底下約2 kmの石炭層に生息する微生物が、一般的に褐炭に多く含まれるメチル化合物を利用しながら超スロースピードで生育(または長期的に生命機能を維持)し、地質学的時間スケールをかけて、海底下の炭素循環や炭化水素資源の形成プロセスに重要な役割を果たしていることを示しています。一方、そのような地下微生物は、海底下深部でどのようなメカニズムで生命機能を長期間維持するのか、その生命生息可能限界はどこにあるのか、そもそも過酷な地下環境で生命の進化は起きているのか、といった根源的な問いは依然として不明のままです。今後、これらの地下微生物が有する潜在的な遺伝子機能や環境適応・進化プロセスに関する理解と利活用手法の研究開発をさらに深め、海洋・地球環境と人間社会の未来構築に活かしていきたいと考えています。
※1 統合国際深海掘削計画(IODP: Integrated Ocean Drilling Program):
平成15年(2003年)10月から平成25年(2013年)9月まで実施された多国間国際協力プロジェクト。日本が運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を推進する。平成25年(2013年)10月からは、国際深海科学掘削計画(IODP:International Ocean Discovery Program)として実施されている。
※2 頁岩:
剥離(はくり)性の発達した泥質岩。剥離性には、堆積時の構造に起因するもの、埋没過程で現場圧力等により粘土鉱物が平行に配列した地層、脂質有機物の働きによるものがある。
※3 褐炭:
石炭の品位が最も低い石炭。日本では燃料比1.0以下、発熱量は5,800-8,300kcal/kg以下。ふつう黒褐~帯褐黒色を呈し、暗炭が多く、非粘結。高品位の石炭と比べて、単位体積あたりに含まれる水分・腐食酸・酸素が多く、炭素が少ない。
※4 超高空間分解能二次イオン質量分析器(NanoSIMS):
高エネルギーの一次イオンビームを微生物細胞などの微小領域に照射し、試料表面から放出される二次イオンの質量スペクトルをイメージ分析する装置。
※5 コアサンプル:
掘削等によって採取される柱状の地質試料。
※6 安定同位体:
炭素や窒素には、ごくわずかだが放射壊変しない「安定同位体」が含まれている。元素の周期律表に記されているように、一般に炭素は質量数12 の元素として、窒素は質量数14 の元素として広く知られているが、炭素の場合、そのおよそ1.1%が中性子を1つ多くもつ質量数13 の炭素原子(13C)であり、窒素の場合もそのおよそ0.4%が中性子を1つ多くもつ質量数15 の窒素原子(15N)である。
※7 セルソーター:
細胞を連続的に移動する小さい液滴の中に閉じ込め、レーザー光を利用した励起光を照射し、短時間(数秒から数分)に多量(数千個から数百万個)の細胞から発する蛍光を1個ずつ測定しつつ、細胞を分取する装置。
※8 16S rRNA遺伝子:
遺伝子翻訳(遺伝子配列に基づくタンパク質の合成反応)の場であるリボソームに含まれるRNAをコードするゲノム上の遺伝子(DNA)。リボソームとそこに含まれるRNAは全ての生物に存在しており、その遺伝子配列は進化学的な系統分類の指標として広く用いられている。
※9 メチロトローフ:
メタノールやメチルアミンなどのメチル基を持つ有機化合物(メチル化合物)を栄養源やエネルギー源として利用する細菌。
※10 倍加時間:
細胞数が倍に増えるのに要する時間。
※11 内生胞子:
細胞内に作られる胞子のこと。胞子とは、細胞が比較的厚い膜に覆われ、外的なストレスに対して耐久性がある休眠状態に近い細胞形態のこと。適当な条件下で発芽し、単独で成長して新しい個体を形成することができる。
図1.地球深部探査船「ちきゅう」のライザー掘削による統合国際深海掘削計画(IODP)第337次研究航海で、青森県八戸市の沖合約80 kmの海底(水深1,180 m)から採取された海底下2,466 mまでのコアサンプルの特徴(地層ユニット、形成年代、堆積環境や現場温度)を示す模式図。
図2.「ちきゅう」船上にてガラス瓶に嫌気(無酸素)条件下で封入された泥岩層や石炭層のサンプル(写真上)。これらに各種安定同位体で標識された基質を添加し、37°Cまたは45°Cで30ヶ月間放置し、地層中の微生物の代謝活性を分析した。 全ての地層サンプル中に比較的小さなサイズの微生物細胞を検出した(写真左下:走査型電子顕微鏡写真、写真右下:細胞に含まれるDNAを緑色の蛍光色素で染色した微生物の蛍光顕微鏡写真)。1マイクロメートル(μm)は1ミリメートル(mm)の1/1000。
図3.海底下2 kmの石炭層(15N 標識されたメチルアミンと2H標識された重水を添加し、45°Cで30ヶ月間放置したもの)から検出された微生物細胞のNanoSIMSを用いた元素組成イメージ。各画像は、1H(左上)、2H(右上)、14N12C(左下)、15N12C(右下)を示し、色が青から赤に近づくほど、多くの元素が存在することを示している。ピンク色の矢印で示した細胞は、1Hと14Nで構成されるが2Hや15Nを同化していない不活性な細胞と判別された。
図4.海底下からの海底下約1.6 kmの泥岩層(左、薄灰色)、約2.0 kmの石炭層(中、灰色)、約2.0 kmの石炭層と泥岩層の混合サンプル(右、薄茶色)の30ヶ月培養後のサンプルに含まれる細胞数、溶存無機炭素(二酸化炭素)の安定炭素同位体比、NanoSIMSで分析した細胞数、同化活性が認められた細胞の全体に対する割合、1細胞あたりに取り込まれた安定同位体(2Hと15N)の元素量比の分布を示すプロット図。各プロットの色は、安定同位体基質を添加した実験条件の違いを示す。地層中に生息する微生物の最大約79%の細胞が、メチル化合物を“食べる”生細胞であることが示された。
図5. 安定同位体で標識された基質を添加してから30ヶ月の間に、1細胞あたりが2Hや15Nを同化した元素量をNanoSIMSにより測定し、細胞全ての元素が置き換わる理論時間(倍加時間)を算出したプロット図。細胞への2Hと15Nの取り込み率は良い相関を示し、海底下約2 kmの石炭層から検出された微生物の倍加時間は、少なくとも数十年から数百年に及ぶと推定された。