国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球内部物質循環研究分野の羽生毅研究員らは、南太平洋オーストラル諸島(図1)の海洋島火山から採取した玄武岩(マグマ)の塩素の分析を行い、マグマが持つ塩素は、沈み込む海洋地殻によってマントルへ運ばれた海水に由来することを突き止めました。
海洋島火山(※1)の玄武岩は下部マントルから上昇してきたマントルプルームに由来するため、その玄武岩の化学組成から未知の下部マントルの情報を得ることができます。これまでの海洋島火山の研究から、過去数十億年にわたって沈み込んだ海洋地殻は下部マントルに貯蔵され、それがマントルプルームにより再上昇するという大循環を起こしていることが分かっていました。しかし、海洋地殻が沈み込む際に、塩素のような揮発性(ガス)元素をどれだけマントルに運び、貯蔵しているかはよく分かっていませんでした。
本研究では、海洋島火山の玄武岩に含まれる揮発性元素の組成を測定するために、玄武岩のかんらん石という鉱物に含まれる50~150ミクロンの大きさのメルト包有物(図2)を対象として、先進的局所分析装置による組成分析を実施しました(図3)。その結果、マグマ源に含まれる海洋地殻量が増えるほど塩素量も増えることを発見しました(図4)。本結果は、海水由来の塩素が海洋地殻に取り込まれ、それが沈み込むことによって深さ約2900kmに及ぶマントル最下層へ運搬・貯蔵され、マントルプルームによる火山活動で地表に再放出されるという、塩素の大循環が起こっていることを示しています(図5)。
40億年間同様の沈み込みが継続していたとして海水からマントルへ運ばれた塩素量を推定すると、現在の海水に含まれる塩素量の少なくとも20~40%にも達します。このことは、マントルへ沈み込んだ海洋地殻が地球の主要な塩素貯蔵庫になっていることを示すだけでなく、地球表層環境の塩素量を抑制する役割を果たしていることを示唆します。塩素は生物にとって必須元素であり欠かすことができない一方、例えば死海のような塩素(塩分)が過剰な環境は、多くの生物にとって生息に不向きであることから、本成果は、地球内部の活動が地球表層における生命進化にも影響していた可能性も示唆する重要な成果です。
本成果は、英科学誌「Nature Communications」電子版に1月4日付け(日本時間)で掲載されました。
タイトル:Tiny droplets of ocean island basalts unveil Earth’s deep chlorine cycle
著者:羽生 毅1、清水 健二2、牛久保 孝行2、木村 純一1、常 青1、浜田 盛久1、伊藤 元雄2、岩森 光1,3,4、石川 剛志2
1. 海洋研究開発機構・地球内部物質循環研究分野、2. 海洋研究開発機構・高知コア研究所、3. 東京大学地震研究所、4. 東京工業大学理学院地球惑星科学系
揮発性元素は主として水(水素)、二酸化炭素(炭素)、塩素、フッ素、硫黄からなり、現在の大気と海洋の重要な構成成分であり、生命環境にも不可欠です。揮発性元素は、地球形成時にはマントルの中に封入されていましたが、形成直後に起きた大規模な脱ガスとその後の火山活動による継続的な脱ガスにより、マントルから大気・海洋に供給されてきました。しかし、現在のマントルにどれだけの揮発性元素が残存しているのか、また大気・海洋からマントルへ揮発性元素の還流が起こっているのかはよく分かっておらず、大気・海洋の成り立ちを理解するための地球科学の第一級の問題として残されています。
海洋の揮発性元素は、熱水変質作用(※2)により海洋地殻に取り込まれます。変質した海洋地殻は海溝から沈み込むことにより揮発性元素をマントルへ運搬しますが、その大部分は温度と圧力の増加に伴って海洋地殻から絞り出され、火山活動を通じて地表に戻されています(図5)。日本においても、日本海溝や南海トラフから海洋地殻が地下へ沈み込んでおり、国内の火山岩の成分分析から多量の揮発性元素が検出されています。一方で、さらに深部へと沈み込む海洋地殻に少量ながら揮発性元素が残存しマントルを循環している可能性は示唆されていましたが、それを実証する研究はありませんでした。例えば過去の研究では、海洋地殻の沈み込みによりマントルへ運ばれた炭酸塩の証拠を示して炭素のマントル循環を論じました(2016年9月6日既報)が、直接炭素を分析したものではなく、炭酸塩により生じる別の元素の分別を用いた間接的な議論にとどまっていました。
そこで、沈み込む海洋地殻が運んだ揮発性元素を直接検出するために、オーストラル諸島のライババエ島(図1)から陸上調査により採取した玄武岩の揮発性元素の分析を試みました。オーストラル諸島の海洋島火山は、深さ約2900kmに及ぶマントルの最下層から上昇してきたマントルプルームに由来するものであり、従ってその玄武岩は下部マントルの化学組成を反映しています(図5)。これまでの固体元素を用いた研究から、オーストラル諸島の火山のマグマ源には、およそ20億年前に地表から下部マントルへ沈み込んだ海洋地殻が含まれていることが分かっています。そのため、この玄武岩の分析から、沈み込んだ海洋地殻に伴って揮発性元素が下部マントルまで運搬されたかを検証することが可能です。
ただし、揮発性元素はその揮発性ゆえに、マグマが噴出する際に容易に脱ガスして失われてしまうので、地表に噴出した通常の玄武岩を分析試料にすることはできません。そこで本研究では、玄武岩の中のかんらん石に取り込まれているメルト包有物を分析しました(図2)。このメルト包有物は、地下のマグマだまりで結晶化したかんらん石に偶然取り込まれたマグマであり、結晶が容器の役割を果たすことで噴出の際に脱ガスすることなく揮発性元素をそのまま保持しています。
試料に用いたメルト包有物は50~150ミクロンと微小であり、その分析には局所分析技術を駆使する必要があります。本研究では、JAMSTEC高知コア研究所の二次イオン質量分析計(SIMS)を用いて揮発性元素組成を測定した後、JAMSTEC横須賀本部の電子線プローブ(EPMA)により主成分組成を、レーザーアブレーションプラズマ質量分析計(LA-ICP-MS)により微量成分組成と鉛同位体比を測定しました。それぞれが狭小な領域で分析可能なため、図3にあるようにこれらのすべての分析を一つのメルト包有物に対して行うことができます。
この手法をライババエ島の玄武岩のかんらん石に含まれるメルト包有物に応用しました。ライババエ島には化学組成の異なる二種類の玄武岩が産出しており、その化学組成の差、特に鉛同位体比(207Pb/206Pb)の差はマグマ源に含まれる(熱水変質を受けた)海洋地殻量の違いを反映しています。メルト包有物の207Pb/206Pbの値は広い範囲を示し、ライババエ島のマグマ源には様々な割合で沈み込んだ過去の海洋地殻が寄与していることが分かります。そして、207Pb/206Pbと塩素量の指標(※3)であるCl/K(塩素/カリウム)比やCl/Nb(塩素/ニオブ)比の間に相関があることを発見しました(図4)。207Pb/206Pbが低くなるほどCl/KやCl/Nbが上昇することは、マグマ源における海洋地殻成分が増えるほど相対的に塩素に富んでいることを示しています。このことは、熱水変質で海水を取り込むことにより塩素に富んだ海洋地殻が作られ、その海洋地殻が沈み込むことでマントル最下層に塩素を運搬・貯蔵していたことを意味します(図5)。その後マントルプルームにより上昇しライババエ島のマグマを作るといった、塩素の大循環が起きていたことが分かりました。
ライババエ島のマグマ源となった下部マントル物質のCl/Nb比は少なくとも15以上であることが言えます(図4)。沈み込む海洋地殻のNb濃度は変質の有無にかかわらず2~4 ppmの範囲にあるので、Cl濃度は30~60 ppm以上となります。このような塩素濃度を持つ海洋地殻が毎年海水からマントルに運ぶ塩素量は、火山活動によりマントルから毎年脱ガスされる塩素量に匹敵します。また、塩素を含む海洋地殻の沈み込みが40億年間継続して起きていたとすると、その総量は上部マントルの塩素量に匹敵し、現在の海水に含まれる塩素の少なくとも20~40%に相当します(図5)。このことは、沈み込んだ海洋地殻が地球の主要な塩素貯蔵庫であることを示すとともに、地球表層環境の塩素量を抑制する役割を果たしていたことを示唆します。
塩素は生命に必須の元素ですが、海水の高すぎる塩素濃度は多くの生物にとって「住みづらい」環境になると言われています。海水の塩分濃度は太古代より減少してきたと考えられており、その主要な原因として大陸成長に伴う陸上の蒸発岩(※4)の形成が挙げられています。しかし、これまでの議論では、マントルと地球表層の物質交換は考慮されていませんでした。本研究の成果は、塩素に関してマントルと地球表層の物質循環の重要性を示すとともに、今後水や二酸化炭素等の揮発性元素の循環についての研究に発展させ、地球内部の活動と生命進化の関連性を明らかにする一助となるものと期待されます。
[補足説明]
※1 海洋島火山:地球上に存在する3種類のタイプの火山の一つ。大洋中央海嶺火山や島弧火山はプレート境界上に発生するのに対し、海洋島火山はプレートとは無関係に存在する。地震波トモグラフィーによると海洋島火山の下には高温の領域がマントル深部まで続いている場合が多く、マントル深部から発生した高温の上昇流(マントルプルーム)によりマグマ生成が起こっている。
※2 熱水変質作用:揮発性成分に富む高温の水が岩石と反応して、岩石の組成を変化させる作用。海底における熱水変質作用は、海水が海底下の岩石(堆積物や海洋地殻)中を浸透しながら下降し、やがて加熱されることにより上昇するといった循環を起こす際に、熱水と岩石の反応により起こる。
※3 塩素量の指標:塩素(Cl)の濃度自体は岩石が融解してマグマができるときに変化するため、もとの岩石(マントル物質)が塩素に富んでいたかを表さない。マグマができるときにClと同様の変化をする固体元素のカリウム(K)やニオブ(Nb)との比をとることで、マグマ源が揮発性元素であるClに富んでいたかどうかを見ることができる。
※4 蒸発岩:内海や湖水等が干上がった際に、水中に溶けていた成分が鉱物として析出して生成される岩石のこと。海水が干上がった場合、岩塩が蒸発岩として形成される。
図1 オーストラル諸島ライババエ島
オーストラル諸島はタヒチ島の南に位置している。同諸島の海洋島火山は、マントル最下層から上昇してきたマントルプルームが引き起こした火山活動により形成された。ライババエ島は約900万年前と600万年前の火山活動により形成されたが、現在は火山活動はなく、面積約16km2の島の周囲には環礁が発達している(右上写真)。
図2 かんらん石の中のメルト包有物(黒色の部分)
マグマだまりの中でかんらん石の結晶が成長する時に、偶然結晶の中に取り込まれたマグマのしずくである。
図3 メルト包有物分析の分析痕
二次イオン質量分析計(SIMS)による揮発性元素分析は約15ミクロン径、レーザーアブレーションプラズマ質量分析計(LA-ICP-MS)による微量成分と鉛同位体比分析はそれぞれ約30ミクロン径の領域で測定を行った。電子線プローブ(EPMA)による主成分組成の分析痕は薄くて見えない。上記の先進的局所分析技術を組み合わせることにより、微小なメルト包有物に対して多元素分析を可能とした。
図4 鉛同位体比とCl/K(塩素/カリウム)比及びCl/Nb(塩素/ニオブ)比の関係
赤と青の点は、ライババエ島に見られる二種類の玄武岩(ライルア玄武岩とアナトヌ玄武岩)のメルト包有物を示す。揮発性元素であるClと固体元素であるKやNbは、マグマが生成する時に同様の挙動を取るため、それらの比はマグマ源が塩素に富んでいたかどうかの指標となる。鉛同位体比(207Pb/206Pb)はマグマ源に含まれる海洋地殻量の指標となり、207Pb/206Pbが低いほど沈み込んだ海洋地殻の寄与が大きい。207Pb/206Pbが低くなるにつれてCl/KやCl/Nbが上昇することは、ライババエ島の玄武岩のマグマ源には、塩素に富んだ海洋地殻が含まれていたことを示す。
図5 塩素の地球表層からマントルへの循環の模式図
(1)海水の塩素は、熱水変質作用を通じて海洋地殻に取り込まれる。(2)海洋地殻が沈み込む時に、高温高圧状態で大部分の塩素は海洋地殻から放出される。(3)塩素を含む揮発性成分に富む島弧火山が生じ、塩素を地表に戻す。(4)一部の塩素は海洋地殻に残り、それが下部マントルまで運搬されることで、塩素に富む海洋地殻物質がマントル最下層に貯蔵される。(5)マントルプルームにより下部マントル物質が上昇し、塩素に富む海洋島玄武岩が生成する。本研究で得られた結果から、沈み込んだ海洋地殻が過去40億年間に運んだ塩素量は上部マントルの塩素量に匹敵し、沈み込んだ海洋地殻は地球の主要な塩素貯蔵庫になっていることが分かった。またその塩素量は現在の海洋の塩素の少なくとも20~40%に相当し、多量の塩素を海水から抜き取り、マントルへ運搬する役割を果たした。