国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦、以下「JAMSTEC」という。)超先鋭研究開発部門 高知コア研究所の清水健二技術研究員らは、世界各所の深海底火山ガラス(マントル(※)が融けてできたマグマが海底に噴出し、急冷されてガラス化したもの)を精密に分析した結果、フッ素の含有率とマントル中の含水率に対する非常に良い指標となることを発見しました。また、それに基づき、初期地球のマントルに含まれていた含水率を見積もることに成功しました。
マントル中の水は、地球史46億年にわたって地球内部や表層を巡り、地球表層・内部の環境進化に大きな影響を与えてきたと考えられています(図1)。従ってマントル中の含水率を正確に見積もることは大変重要ですが、噴火の際にマグマから水が散逸(脱ガス)したり、逆に海水が火山の岩石に二次的に付加したりするため、火山ガラスから水の情報を精密に引き出すのは困難でした。
そこで本研究グループは、世界各所の海洋調査で採取された火山ガラス試料(図2、3)を厳選し、水、フッ素等に関する高精度分析を行いました。その結果、水の散逸や付加の影響のない試料では、水とフッ素の含有率に極めて高い相関性が認められ、マントル中で水とフッ素が同じように動いていることが分かりました(図4)。初期地球マントルの含水率は0.075%程度で、現在の上部マントルより7倍程度高いと見積もられました。
今後、フッ素は地球内部の水を理解する上で必須の元素になると考えられます。本成果の応用範囲は非常に広く、地球の水はどこから来たのか、地球内部の物質移動の仕組みなどを解き明かす上で大きな役割を担うことが期待されます。
本研究はJSPS科研費JP18H04372、JP16H01123、JP15H02148、JP26287142、JP25610160、JP18H01320、JP15H03751の助成を受けた研究に基づいております。本成果はエルゼビアが発行する科学誌「Chemical Geology」に7月17日付(日本時間)で掲載される予定です。
タイトル:Identifying volatile mantle trend with the water-fluorine-cerium systematics of basaltic glass
著者:清水健二1、伊藤元雄1、常青2、宮崎隆2、上木賢太2、遠山知亜紀2,3、仙田量子2,4、Bogdan Vaglarov2、石川剛志1、木村純一2
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 高知コア研究所
2. 国立研究開発法人海洋研究開発機構 海域地震火山部門 地球内部物質循環研究グループ
3. 国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質情報研究部門
4. 国立大学法人九州大学 比較社会文化研究院・共創学部
マントル中の水は、水惑星地球の根源となる水であり、地表へ放出して海を作ったり、地表の水が再び地球内部に戻ったりすることで循環し、地球史を通じて表層環境の変化や地球内部の物質分布に大きな影響を与えてきたと考えられています。実際に現在のマントルは、図1のように物質的に非常に多様で不均質であることが分かっています。これは、初期地球のマントル(深部マントル)から、マグマの放出等により水に乏しくなった現在の上部マントルになったり、かつて地球表層にあった水に富む堆積物や大陸地殻、海洋地殻が沈み込み帯から地球深部に運ばれた物質(リサイクル物質)の影響を被ったりするためだと考えられています。以上のようにマントルが不均質になる大きな要因は地球内部に存在する水の循環にあるとされており、地球そのものやその環境変化を理解するためにも、マントル中の含水率を正確に見積もることは大変重要です。マントル中の含水率は火山ガラスから間接的に見積もられていますが、噴火の際にマグマから水が散逸したり、逆に海水が火山の岩石に二次的に付加したりするため、火山ガラスから水の情報を精密に引き出すのは困難でした。また、火山ガラスの水/セリウム比(H2O/Ce)は、一般的なマントルの水の含有率よりも多いか少ないかを示す唯一の指標として用いられていますが、その基準値に大きな誤差(200±50)を含み、地球内部の水の振る舞い、マントル中の含水率などを制約するのに限界がありました。地球内部では、フッ素は一価のマイナスイオン(F-)、水は水酸化物イオン(OH-)として存在し、イオン半径も類似しているので、フッ素と水は同じように動きます。一方、噴火時フッ素はほとんど散逸せず、また海水には極微量しか含まれず海水が混ざっても影響がないことから、火山ガラス中のフッ素の含有率は、元の火山の含水率を反映すると考えられていましたが、広く注目されることはなく、実証もされていませんでした。
そこで本研究グループは、過去30年にわたる世界各所の海洋調査、海底掘削調査で採取された試料(図2、図3)から水、フッ素を残す深海底火山ガラスを厳選し、高精度の化学分析を行いました。水の逸脱や付加がされていない、リサイクル物質の影響のない火山ガラスには、水とフッ素の含有率に非常に強い直線性の関係を発見し、これをマントルトレンドとして提唱しました(図4)。フッ素含有量の少ない中央海嶺玄武岩は水の乏しい上部マントル由来であり、フッ素含有量の多いハワイの海洋島玄武岩は地球初期に形成された水の多い深部マントル由来であると考えられます。また、水とセリウムは、原点を通る直線的なトレンドから一般的なマントルのH2O/Ce比は203±2となり(図5)、フッ素と水の関係性を併せると、地球内部における水の振る舞いをより正確に理解することが可能になりました。これにより、初期地球マントル中の含水率は、0.075%程度であると見積もることができ、現在の上部マントル(0.01%)より7倍程度水が多いことが明らかになりました。
また、これまでの研究で報告されている火山ガラスの水とフッ素のデータは、研究グループが提唱した水とフッ素のマントルトレンドから外れるものがあります(図6)。これらの多くは、リサイクル物質に富むマントル起源の火山岩であり、セリウムとの関係を併せるとリサイクル物質は75%以上の脱水を伴って、地球深部に運ばれ、再び地表にもたらされたことが明らかになりました。
火山ガラス中のフッ素は、水が散逸もしくは付加されたものであっても元の値を保存しているため、本研究で発見した火山ガラス中の水―フッ素の関係を基準にして、元の水の情報を取り出せることが可能になります。例えば約40億年前の世界最古の火山岩や火星、月など地球外の火山岩にも応用できる可能性はあり、地球や惑星の水はどこから来たのかという問いを解く上で、火山岩中のフッ素は、大きな役割を担うことが期待されます。また、初期地球マントルから抜けた水が海洋を形成していることから、地球表層環境の進化・変遷や生命進化の解明などより広い研究分野にも貢献することが期待されます。
図1 海洋性玄武岩の同位体化学組成の領域。組成範囲を説明するために幾つかのマントル成分が提唱されている。46億年にわたって、初期地球マントル(深部マントル)から水とマグマ成分が抜けたり(赤太矢印)、地球表層で水が加わった堆積物、海洋地殻などが付加したりして(青太矢印)、現在の多様で不均質なマントルになったと考えられている。
図2 本研究で用いた海底玄武岩ガラスの試料採取地点。
図3 深海底玄武岩質ガラスの塊(幅5cm)。東太平洋海膨の中央海嶺の水深2600mで採取。 深海底で噴出したために発砲しておらず、水などの揮発性物質のオリジナルな情報が保持されている。
図4 本研究で用いた深海底火山ガラスの水―フッ素のグラフ。非常に強い直線性を発見し、これを水の乏しい上部マントルと水の多い深部マントルの混合によるマントルトレンドとして提唱した。海水が混染した塩素濃度が高い試料、リサイクル物質に富むものは除いてあり、トレンドの計算には丸印(大きなガラスの塊の高精度分析値)のみを使用。
図5 本研究で用いた深海底火山ガラスの水―セリウムのグラフ。非常に強い直線性を発見した。海水が混染した塩素濃度が高い試料、リサイクル物質に富むものは除いてあり、トレンドの計算には丸印(大きなガラスの塊の高精度分析値)のみを使用。原点を通る直線の関係で、水/セリウム比は203±2と一定になる。
図6 これまでに報告された海底火山ガラスとメルト包有物の水―フッ素濃度のグラフ。中央海嶺玄武岩は赤、ハワイ沖玄武岩はオレンジ、リサイクル物質に富む海洋島玄武岩は青をしめす。海水が混染したと思われる塩素濃度が高い試料と、中央海嶺玄武岩に関してリサイクル物質に富むものは除いている。リサイクル物質に富む海洋島玄武岩は研究グループが提唱したマントルトレンドから外れる。リサイクル物質は脱水を伴って、地球深部に運ばれ、再び地表にもたらされたことが明らかになった。