プレスリリース
国立研究開発法人海洋研究開発機構
公立大学法人兵庫県立大学
国立大学法人高知大学
海底堆積物中の微生物多様性は海洋や土壌に匹敵する!
〜世界で初めてグローバルスケールの調査を実施〜
1. 発表のポイント
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- 全地球の海底堆積物に生息する微生物多様性を明らかにした。
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- 海底堆積物環境は生命を維持するために必要なエネルギーの供給が乏しい過酷な環境であるにもかかわらず、そこに生息する微生物の多様性は、エネルギーの供給が多い土壌や海洋などの地球表層環境の多様性と同等であることが明らかとなった。
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- 地球に存在する全ての微生物群集について、バクテリア(真正細菌)の方がアーキア(古細菌)よりも圧倒的に多様であることを示した。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 地球微生物学研究グループの星野辰彦主任研究員らは、兵庫県立大学の土居秀幸准教授や高知大学などと共同で、世界各地の海底から採取された堆積物(299サンプル)を用いて微生物群集の多様性を算出した結果、その多様性はバクテリア(真正細菌)では約3万種~250万種、アーキア(古細菌)では8千種~60万種(※1)であることが明らかになりました。
海底堆積物には固有の進化を遂げた微生物群集が存在することがわかっていますが、その詳細は未だ明らかになっておりません。本研究では、国際深海科学掘削計画(IODP、※2)を始めとした過去18年合計14回の科学調査航海により集められた世界各地の海底堆積物を用いて、海底下の微生物多様性に関するグローバルスケールの調査を実施しました。
海底表層から678 mまでの深さから採取された堆積物の凍結サンプルを用いて、その環境に生息する微生物群集のDNAを抽出しました。それらのDNAに含まれる約5千万の16S rRNA遺伝子配列(※3)を分析した結果、エネルギー供給に乏しい海底下の堆積物環境に、土壌や海水といった地球の表層環境に匹敵する、驚くほど多様な微生物種が存在していることが明らかになりました。この結果は、土壌、海洋、そして海底下環境を合わせた全地球に存在する微生物群集において、バクテリアがアーキアよりも圧倒的に多様であることも示しました。
本研究成果は、地球全体における微生物種の多様性と空間分布、生存戦略や進化プロセスの理解、そして微生物生態系と地球環境との関わり等を理解する上で、極めて重要な科学的知見です。
なお、本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)による最先端研究基盤事業、最先端・次世代研究開発支援プログラム(GR102)及び科学研究費助成事業(JP26251041、JP17H03956、JP19H05503、JP20K20429)、アメリカ国立科学財団(NSF)、米国アルフレッド・スローン財団Deep Carbon Observatory(DCO)、ドイツ研究振興協会の支援を受けて実施されたものです。
本成果は、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)(電子版)に10月20日付け(日本時間)で掲載される予定です。
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 公立大学法人兵庫県立大学
- 国立大学法人高知大学
- ブレーメン大学(ドイツ)
- ロードアイランド大学(米国)
*責任著者
3. 背景
1950年代に、それまで「生命はいない」と考えられていた深海底の堆積物に、生命(微生物)が存在することが初めて確認されました。2002年には、海底下生命圏の解明を主要な科学目的とした初めての掘削調査航海がペルー沖で行われ、大陸沿岸の海底堆積物に陸上や海水の環境と大きく異なるユニークな微生物群が存在していることが明らかになりました(2006年2月6日既報)。それ以来、海底下生命圏は海洋掘削科学の主要なトピックの一つとなり、IODPによる国際的な科学掘削航海をはじめとした多くの研究が行われてきました。これまでの研究成果によって、全ての海底堆積物に生息する微生物細胞の総数は、2.9~5.4×1029個と推定されており、その炭素量は地球上の全生物の炭素量の0.18~3.6%を占めていることがわかっています。海底下の環境は、直接的に太陽からのエネルギー供給を受ける地表の環境とは異なり、太陽光が届かない低エネルギー環境です。表層の海水中で光合成により生産されたエネルギー物質の大部分は、それが深海底に降り積もる過程や海底表層付近で使い切られてしまいます。その結果、海底下数メートルともなると生存のために必要なエネルギーが枯渇し、微生物は栄養を求めて動き回るような能動的な活動をすることができず、堆積物の隙間でじっと動かず、極度にエネルギーを節約しつつ地質学的な時間スケールを生き延びることになります。本研究グループでは、このような環境でも微生物は死に絶えることはなく、数億年前の堆積物中で生きていることを明らかにしてきました(2020年7月29日既報)。また、ある微生物種は胞子を形成して休眠するなどの戦略をとることで、生き残りを図っています。
海底下生命圏において、その過酷な環境へ適応するためにどのような微生物種や代謝機能が選択的に残されてきたのか、あるいはその多様性はどのように変化していくのか、といった点は未だに解決されていない謎です。これまでにも、海底堆積物の微生物群集について、世界各地の様々な環境の堆積物からDNAを抽出・分析する手法で研究が進められてきました。その結果、例えば、海底堆積物にはその環境特有の微生物群集が存在すること、堆積物の深さが増すに従い微生物群集組成が変化していくことなどが分かっています(2015年7月24日既報)。これらの研究は、それぞれの海底掘削プロジェクトに参画した個々の研究グループにより行われてきました。しかし、DNA配列の解読から得られる微生物群集組成は、DNAの抽出方法をはじめ、PCR(※4)に用いるプライマー(※5)など様々な実験操作・条件が異なると違ってしまうことが知られています。そのため、地球上の全ての海底堆積物中の微生物群集がどのように形作られてきたのか、あるいはその多様性はどの程度なのか、といった根本的な疑問について、これまでに統一的な知見は得られていませんでした。
4. 成果
海底堆積物に生息する微生物群集は、どのような環境因子に影響を受けて形作られているのか、土壌や海洋などに生息する微生物群集と比べてどの程度多様なのか、といった惑星規模の多様性を正確に評価するためには、実験操作・条件の違いによる結果のばらつきや偏りを可能な限り排除することが重要です。本研究では高知コア研究所で微生物学的分析用に冷凍保存されている計299個の高品質なコアサンプル(※6)を用いました。これらのサンプルは、過去18年間にわたり、IODP等の掘削航海で世界各地の計40箇所、海底下0~678mの深さから採取されたものです(図1-3)。微生物の分析は、クリーンルームで凍結サンプルを分取したのち、DNA抽出、PCR、シーケンシングに至る一連の実験を、一貫した条件で行いました。このことが、海底堆積物中の微生物群集の組成や多様性について統一的基準で評価された世界初の成果につながりました。
まず、網羅的な次世代シーケンスにより得られた16S rRNA遺伝子配列(およそ5千万配列)を分析し、各サンプルにおける微生物群集組成を決定しました。そして、有機物濃度、硫酸濃度、酸素の有無などの堆積物に含まれる水の化学成分と各サンプルの微生物群集組成の相関関係を解析しました。その結果、大陸沿岸の有機物が多い堆積物と、外洋の栄養が少ない堆積物とで微生物群集組成が大きく異なり、酸素の有無や有機物の濃度が微生物群集組成を決める大きな要因となっていることが明らかとなりました(図4、5)。
次に、地球全体の海底堆積物に生息する微生物種数の推定を試みました。比較のために、これまでに報告されている表層土壌と海水中の微生物群集のデータを収集し、同様に種数の推定を試みました。まず、古典的な種数―面積関係(※7)からそれぞれのデータに最適なモデルを選びました(図6)。その結果、最適な2つのモデルを用いると、地球の全海底堆積物に存在するバクテリアおよびアーキアの種数はそれぞれおよそ3万種~250万種、8千種~60万種であると推定されました(図6)。この種数は、表層土壌や海水中に生息する全微生物種数の推定値と同程度であることが分かりました。一見、生命に対するエネルギー供給が限られた過酷な海底下環境に、生命に満ち溢れている地球表層の生命圏と同等に多様な微生物群集が育まれているのは予想外の発見でした。さらに、海底堆積物、表層土壌、海水の3つの全ての生命圏におけるバクテリアとアーキア種数の推算値を足し合わせることで、地球全体でバクテリアの種数がアーキアの種数を大きく上回っていることが分かりました(図5)。
5. 今後の展望
本研究により、これまでに報告されていた海底下生命圏における微生物の数の多さに加えて、その多様性が膨大であることが明らかになりました。一方で、エネルギーが不足している海底下の環境において、微生物がどのようにその多様性を獲得したのか、あるいは、深部の微生物はどのように過酷な環境に適応し、進化したのかなど、海底下生命圏には未だ解明されていない多くの疑問が残されています。今後、ゲノム配列の解読などさらに詳細な解析を進めていくことで、海底下微生物の持つ特殊な機能や生存戦略を明らかにしていく予定です。
我々が生きている陸上とは全く異なる世界である海底下生命圏を探究することで、地球と生命に関する我々の認識を新たにする知見が得られることが期待されます。
【補足説明】
- ※1
- 種:
本論文ではシーケンシングにより得られたDNA配列の種類(Amplicon Sequence Variants: ASVs)の数として定義している。
- ※2
- 国際深海科学掘削計画(IODP:International Ocean Discovery Program):
日本が運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を推進する多国間国際協力プロジェクト。
- ※3
- 16S rRNA遺伝子:
遺伝子翻訳(遺伝子配列に基づくタンパク質の合成反応)の場であるリボソームに含まれるRNAをコードするゲノム上の遺伝子(DNA)。リボソームとそこに含まれるRNAは全ての生物に存在しており、その遺伝子配列は進化学的な系統分類の指標として広く用いられている。
- ※4
- PCR:
ポリメラーゼ連鎖反応。鋳型となるDNA、鋳型に相補的な一本鎖DNA(プライマー)、DNA合成酵素を混合し温度サイクルをかけることで、目的の領域のDNAを指数関数的に増幅し、大量のDNA断片を合成する反応。
- ※5
- プライマー:
PCRによりDNAの特定領域を増幅する際に用いる一本鎖のDNA断片。標的DNAのみを増幅するために、標的DNAに相補的な配列を持つ。したがって、プライマーのDNA配列が変わると、増幅されるDNAも変わることになる。
- ※6
- コアサンプル:
掘削等によって採取される柱状の地質サンプル。
- ※7
- 種数―面積関係:
生物の種数と生息面積との関係を表すモデル。一般的に面積が広がると環境の多様性が大きくなるなどの効果で、生物の種数が増大する。本研究では5種類のモデルを実測データにフィッティングし、漸近モデルとGitayモデルを用いて全堆積物中の微生物種数を推定した。
図1 本論文で調査した全40の掘削サイト(赤色)。丸は沿岸、四角は外洋の掘削サイト。全部で299の堆積物サンプルを分析に用いた。対照として茶丸の表層土壌、黒三角の海洋から得られたDNAデータを同様に分析し、海底下堆積物と合わせて3つの微生物生息環境における微生物多様性を明らかにした。青:高い確率で酸素が海底表層から玄武岩まで到達している範囲。水色:酸素が海底表層から玄武岩まで到達していると推定される範囲。
図2 凍結コアサンプル。船上でサンプリングしたコアサンプルを微生物分析用に-80℃で冷凍保存したもの。ここからDNA分析用のサンプルをクリーンブース内で採取した。
図3 海底堆積物中の微生物細胞(緑:微生物細胞、黄色:堆積物)。
図4 各サンプルにおける微生物群集組成(門レベル)。海底堆積物には土壌や海水には少ないCrenarchaeota門やAsgardaeota門に属するアーキアや、Chloroflexi門、Atribacteria門、Aerophobetes門に属するバクテリアが特徴的に多く存在している。
図5 各サンプルの微生物群集組成の類似度プロット。点が近いほど微生物群集組成が類似していることを表している。海底堆積物、表層土壌、海水に生息する微生物群集組成が大きく異なっていることが分かる。
図6 種数―面積関係を本研究の実測データにフィッティグしたグラフ(左図)。本研究では5種類のモデルを実測値にフィッティングし、そのうち漸近モデルとGitayモデルから地球上の全堆積物に生息する微生物の種数を推定した(右図)。
- (本研究について)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 地球微生物学研究グループ
主任研究員 星野 辰彦 - 公立大学法人兵庫県立大学
- 大学院シミュレーション学研究科
准教授 土居 秀幸 - 国立大学法人高知大学
- 教育研究部総合科学系複合領域科学部門
講師 浦本 豪一郎 - (報道担当)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 海洋科学技術戦略部 広報課
- 公立大学法人兵庫県立大学
- 神戸情報科学キャンパス経営部 総務学務課
- 国立大学法人高知大学
- 総務部総務課広報係