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  3. 北極海氷の減少を説明する新たなメカニズムを提唱 ―メキシコ湾流の温暖化による遠隔効果―
2022年 7月 15日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
国立大学法人九州大学応用力学研究所

北極海氷の減少を説明する新たなメカニズムを提唱
―メキシコ湾流の温暖化による遠隔効果―

1. 発表のポイント

北極海大西洋側のバレンツ-カラ海における冬季海氷減少速度は、最新のシミュレーションであっても過小評価傾向にあった。
メキシコ湾流域の海面水温について観測データでシミュレーションを修正すると、バレンツ-カラ海に対する熱輸送が増加し、過去数十年にわたる冬季の海氷減少を再現できることが明らかになった。
本研究の結果は、人為起源の温室効果ガスやエアロゾルの排出に対する北極域の気候変動予測の不確実性低減に貢献すると期待される。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門環境変動予測研究センターの山上遥航ポストドクトラル研究員、東京大学大気海洋研究所の渡部雅浩教授、九州大学応用力学研究所の森正人助教、地球環境部門北極環境変動総合研究センターの小野純特任研究員は、過去の気候を再現するシミュレーション等を実施・解析することで、メキシコ湾流域における海面水温の変動がバレンツ-カラ海での冬季海氷減少を引き起こしていることを明らかにしました。

北極海の大西洋側に位置するバレンツ-カラ海では(図1)、冬季において顕著に海氷が減少しています。このような北極海の環境変動は、日本を含む北半球中緯度域の異常気象に影響すると考えられています。一方、バレンツ-カラ海における冬季海氷の減少速度は、最新のシミュレーション (CMIP6、注1)であっても過小評価傾向にあるものの、その要因は明らかではありませんでした。

本研究では、過去の気候を再現するシミュレーション(以下「HIST実験」という。)と北大西洋のメキシコ湾流域(図1)における海面水温の変動を実際に観測されたデータに修正するシミュレーション(以下「NAGA実験」という。)の結果を比較し、メキシコ湾流域の表層水温の違いが冬季のバレンツ-カラ海の海氷減少速度へ与える影響を調査しました。その結果、NAGA実験で海氷減少速度が現実的な範囲で再現されていることがわかりました(図2)。バレンツ-カラ海においては、海流によって大西洋側から熱がより多く輸送されており、バレンツ-カラ海の表層水温が統計的に有意な上昇を示していました(図3)。また、解析するとメキシコ湾流域の海面水温が速く上昇するほど、バレンツ-カラ海の海氷がより速く減少するという、統計的に有意な相関関係が示されました。

本研究の成果は、メキシコ湾流域における海面水温の変動が北極海氷の長期変動をコントロールする可能性を示唆します。今後はさらなるシミュレーションの高度化を進めながら、将来気候変動予測におけるメキシコ湾流と北極海の関係について調査する予定です。

本研究は、文部科学省の
「統合的気候モデル高度化研究プログラム(JPMXD0717935457)」、
「気候変動予測先端研究プログラム(JPMXD0722680395)」、
「北極域研究加速プロジェクト (ArCS II)(JPMXD1420318865)」、
科学研究費助成事業学術変革領域研究B「DNA気候学への挑戦」(JP20H05729)の他、
JP19H05703、JP22H01299、JP22H04487、JP22K14098の支援を受けて実施されたものです。

本成果は、「Nature Communications」に7月15日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Barents-Kara sea-ice decline attributed to surface warming in the Gulf Stream
著者:
山上遥航1、 渡部雅浩2、 森正人3、 小野純1
所属:
  1. 海洋研究開発機構
  2. 東京大学大気海洋研究所
  3. 九州大学応用力学研究所

3. 背景

近年、人為起源の温室効果ガス排出に伴い北極域の海氷が減少していることが、観測とシミュレーションの両面から示されています。特に、バレンツ-カラ海では結氷期である冬季においても海氷が長期的に減少を続けています(-5.3%/10年)。北極海氷のシミュレーションの精度は、最新のCMIP6世代において大きく改善しているものの、バレンツ-カラ海における冬季海氷に関しては、海氷減少の速度が観測よりも遅く、過小評価される傾向にあります(図2)。冬季にバレンツ-カラ海で海氷が減少すると、海洋から大気へ大きな熱量が放出されることに起因して、北極域だけでなく日本を含む北半球中緯度域の異常気象に関わることが指摘されています(2012年2月1日既報)。そのため、バレンツ-カラ海の海氷変動を精度良く再現することは重要な課題です。

これまで、先行研究において北大西洋由来の温かい海水の流入、暖気の流入や風向きによってバレンツ海の海氷面積は減少することが知られていましたが、北大西洋の表層水温の変動が海氷の長期的な減少速度へ与える影響は明らかにされていませんでした。

そこで本研究では、「メキシコ湾流域における海面水温の変動がバレンツ-カラ海の冬季海氷の長期変化をコントロールするのではないか」との仮説をたて、その検証を行いました。

4. 成果

気候モデルMIROC6(注2)による過去気候再現シミュレーション(HIST実験)と、メキシコ湾流域における海面水温の変動を観測データに修正するシミュレーション(いわゆるペースメーカー実験(注3))(NAGA実験)の結果を用いて、メキシコ湾流域の海面水温とバレンツ-カラ海の海氷密接度(氷が海面を覆う割合)の長期変化を比較しました(図2)。

1970-2017年の期間において、HIST実験では海面水温(0.17℃/10年)と海氷密接度(-2.8%/10年)の長期変化はともに観測よりも小さいものでした。一方、NAGA実験では、観測と同等な値でした。これはメキシコ湾流域の海面水温の変動を修正した影響が、4千km以上離れたバレンツ-カラ海の海氷に現れていることを意味します。

この結果を踏まえ、海氷減少速度の違いをもたらすメカニズムを明らかにするために、バレンツ-カラ海周辺での大気や海洋の変化を2つのシミュレーション間で比較したところ、海流によるバレンツ海への熱輸送がNAGA実験でより顕著であり、HIST実験よりもバレンツ-カラ海での表層水温の上昇が速く、海氷が減少していることがわかりました(図3)。またNAGA実験では、バレンツ-カラ海上空の大気のより速い温度上昇が見られましたが、これは海氷が減少したことに伴い、海洋から大気への熱放出が増加したためでした。以上の結果から、海流の変化に伴う熱輸送の強化によって、バレンツ-カラ海での速い海氷減少が生じていることがわかりました。

海流によるバレンツ-カラ海への熱輸送の重要性が示されたので、次に北大西洋全体における水温の長期変化が、海流の変化を含む海洋環境の変化によってどの程度説明されるかを調べました(図4)。NAGA実験においては、ノルウェー海など、メキシコ湾流からバレンツ-カラ海の間で顕著に水温が上昇しており、それらは海洋環境の変化によって説明できることが分かりました。一方、この海洋の寄与はHIST実験では小さい傾向でした。したがって、メキシコ湾流域において海面水温の変動を修正したことにより、海流等の変化による水温の長期的な上昇が強化しており、その影響がバレンツ-カラ海にまで達していると結論付けられます。

これまでの結果は単一の気候モデルによる結果であるため、次にCMIP6の複数の気候モデルによる大アンサンブル(注4)(合計372メンバー)を用いて、他の気候モデルにおいても同様の関係性が確認できるか調査しました。その結果、メキシコ湾流域の海面水温上昇が速いほど、バレンツ-カラ海の海氷減少が速いという、統計的に有意な相関関係が見られました(図5)。

なお、本研究で実施したMIROC6 によるシミュレーションには、JAMSTECが所有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いました。

5. 今後の展望

本研究の結果は、メキシコ湾流域の表層水温の長期的な上昇傾向が、バレンツ-カラ海における過去50年間の海氷減少の重要なペースメーカーであったことを示すものです。一方、メキシコ湾流域の昇温が観測よりも小さい値を示すシミュレーションは多く、その原因を今後の研究で更に調査する必要があります。

また、本研究で定義されたメキシコ湾流域における海面水温の昇温は、北大西洋全体で一様な海面水温の変動を伴う気候変動現象との関連が疑われます。先行研究においては、北大西洋における海面水温の十年規模変動は、1970年以降に負の極大から正の極大へ位相が反転しており、海面水温が一貫して上昇する傾向にありますが、その変動要因は人為起源のエアロゾルの排出量変動によって作られると考えられています。

したがって、本研究の結果を踏まえると、気候シミュレーションにおいてエアロゾルの排出量の変動に対する北大西洋の海面水温応答の不確実性を減らすことが、北極域の気候変動予測の不確実性を低減する上で重要な指針であることが示唆されます。

今後は、気候シミュレーションの更なる高精度化を目指した開発を行い、北大西洋の海面水温応答の改善と北極域における将来気候予測への影響調査を行う予定です。

【補足説明】

※1
CMIP6:
Coupled Model Intercomparison Project Phase 6(第六期結合モデル相互比較プロジェクト)。気候モデルと呼ばれる、コンピュータによって擬似的な地球を再現する計算プログラムを用いた、シミュレーションの相合比較プロジェクト。気候モデルは、大気・海洋・陸面等における地球気候システムを構成する様々な現象を物理法則に基づき定式化したもので、各国の研究機関で開発が行われている。本研究では、39のCMIP6モデルによる過去気候再現シミュレーション(1970-2014年、合計372メンバー)の大アンサンブルデータを使用した。
※2
気候モデルMIROC6:
Model for Interdisciplinary Research on Climateの略。海洋研究開発機構、東京大学大気海洋研究所、国立環境科学研究所で共同開発された気候モデルで、CMIP6に参画している。本研究ではCMIP6に提出されている過去気候再現シミュレーションに加え、メキシコ湾流域における海面水温の変動に修正を加えるシミュレーションを新たに実施し、解析に用いた。
※3
ペースメーカー実験:
気候モデル内で、過去に観測された海面水温の変動をある特定の海域で一致させるシミュレーション手法のこと。Kosaka and Xie(2013, Nature, doi:10.1038/nature12534)では、太平洋熱帯域でこの手法を適用し、地球温暖化停滞の再現に成功した。
※4
アンサンブル:
気候シミュレーションを行う際に、初期状態にわずかな摂動を加え複数のシミュレーションを行なった結果の集合のこと。それぞれのシミュレーション結果をアンサンブルメンバー、それらの平均をアンサンブル平均と呼ぶ。例えば本研究で用いたMIROC6の過去再現シミュレーションのうち、HIST実験では50メンバー、NAGA実験では10メンバーの結果を用いている。
図1

図1. 1970-2017年の間に観測された海面水温の長期変化[℃/10年]と、その期間における冬季に海氷が海面を覆う割合の平均値[%]。本研究では白線で囲まれた領域を、それぞれバレンツ-カラ海とメキシコ湾流域として定義した。バレンツ-カラ海は、北極海の一部で北大西洋に面しており、西はノルウェー海、東はラプテフ海に繋がっている。メキシコ湾流は、アメリカ東海岸に沿って赤道側から極側に向かって流れている。

図2

図2. 観測、HIST実験、NAGA実験、CMIP6における、(a)メキシコ湾流域の海面水温の長期変化[℃/10年]と、(b)バレンツ-カラ海の海氷密接度(海氷が海面を覆う割合)の長期変化[%/10年]の箱ひげ図。期間は1970-2017年だが、CMIP6のみ1970-2014年。箱内の横線で示されるアンサンブル平均を見ると、HIST実験とCMIP6では、海面水温と海氷密接度の長期変化はともに観測と比べ小さいことが分かる。一方、NAGA実験においては海面水温の変動を修正したことによって、海面水温の長期変化は観測値に付近に集中しており(図a)、海氷密接度の減少長期変化の平均は観測と同程度な値を示している(図b)。

図3

図3. (a)海氷密接度(色)と海氷漂流速度(ベクトル)の長期変化に関する、NAGA実験とHIST実験間の差(NAGA-HIST)。斜線と黒色ベクトルは、NAGA実験において統計的に有意な長期変化であることを示す。黒線は本研究で定義しているバレンツ-カラ海の領域を示す。(b)図aと同様だが、海面水温(色)と海面での流速(ベクトル)に関する図。黒破線は図c、dで水平熱輸送を調べている断面(東経20度、北緯70度)を示す。(c)東経20度のうち顕著な流速差が見られた断面における海洋熱輸送の長期変化。(d)図cと同様だが、北緯70度における図。NAGA実験においてより海氷が減少している領域において海面水温が上昇していることが分かる(図a、b)。海面水温はノルウェー海からバレンツ海にかけて大きな上昇が見られ、バレンツ海内部に向かう流速の違いが見られる(図b)。バレンツ-カラ海の西端(東経20度)とノルウェー海内部(北緯70度)における海洋による熱輸送の長期変化は、NAGA実験でよりバレンツ海への熱を供給していることを意味し、海洋内部の力学によってバレンツ-カラ海の海氷が減少しているメカニズムを支持している。

図4

図4. (a)HIST実験、(b)NAGA実験における、冬季(12,1,2月平均)海洋表層の水温の長期変化。黒線は本研究で定義しているメキシコ湾流域を示す。(c),(d)図a、bと同様だが、表層水温の変化傾向に対する、海洋内部の力学の寄与によって生じる水温変化の長期傾向。HIST実験とNAGA実験ではともに北大西洋の亜熱帯域とノルウェー海で表層水温が主に上昇しているが、NAGA実験でその上昇がより顕著である(図a、b)。メキシコ湾流域よりも北東側においては、NAGA実験で海洋力学は表層水温を暖める寄与をしており(図d)、この傾向はHIST実験では小さい(図c)。この結果は、NAGA実験における海面水温変動の修正の結果、北大西洋全体での循環の変化によって、北東向き(すなわちバレンツ-カラ海の方向)に熱が輸送されていることを意味する。

図5

図5. メキシコ湾流域の海面水温の長期変化(横軸)とバレンツ-カラ海の海氷密接度の長期変化(縦軸)の関係性を示す散布図。本研究で利用したCMIP6モデルのシミュレーションのうち、10メンバー以上データを取得可能だった14モデルに関する、各モデルのアンサンブル平均についての関係を表している。右凡例内の数字は使用しているメンバー数を示す。CMIP6モデルのアンサンブル平均の間では有意な相関関係が見られることが分かる。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 環境変動予測研究センター 基盤的気候モデル開発応用グループ
ポストドクトラル研究員 山上遥航
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
気候システム研究系 気候変動現象研究部門
教授 渡部雅浩
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
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