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2023年 1月 31日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

細菌表面の粗さが海洋ナノ粒子の細菌への付着を制御していることが明らかに
―細菌の栄養源獲得戦略や生物地球化学循環の詳細な理解へ貢献―

1. 発表のポイント

日本および米国カリフォルニアの沿岸域および外洋域から採取した細菌表面の粗さを原子間力顕微鏡(※1)を用いてナノスケールで測定し、その分布やばらつきを世界で初めて明らかにした。
細菌単離株およびモデルナノ粒子を使用した培養実験により、細菌の表面粗さがナノ粒子の細菌への付着に大きく影響していることが明らかになった。
本研究で得られた知見は、海洋細菌の栄養源獲得戦略の理解を深めるだけでなく、海洋物質循環のメカニズム解明や気候変動に伴う海洋応答(海洋と大気の物質的なやり取り)予測の高精度化にも役立つものと考えられる。

【用語解説】

※1
原子間力顕微鏡:
走査型顕微鏡の1種で、サンプル表面のナノスケール高さ情報などを通常大気圧下で測定可能な機器。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸)超先鋭研究部門 高知コア研究所物質科学研究グループの山田洋輔研究員らは、原子間力顕微鏡を用いて様々な海洋細菌の表面性状を調査した結果、表面の粗さは細胞ごとに大きなばらつきがあり、10 倍以上の差があること発見しました。また、その粗さは水温と有意な関係が見られ、水温が低いほど粗い細胞が多く、高いほど滑らかなものが多くなるという傾向を見いだしました。さらに、細菌単離株およびモデルナノ粒子を使用した培養実験により、表面の粗さが細菌の主要な栄養源であるナノ粒子の細菌への付着を制御していることを明らかにしました。細菌の表面の粗さとその役割に関する知見は、これまで陸上の細菌では研究事例はありますが、海洋に生息する細菌に関しては、世界で初めて事例となります。

本研究で得られた知見は、海洋細菌の栄養源獲得戦略の理解を深めるだけでなく、海洋物質循環のメカニズム解明や気候変動に伴う海洋応答予測の高精度化にも役立つものと考えられます。

本成果は、国際陸水海洋学会連合発行の学術誌「Limnology and Oceanography」に1月27日付け(日本時間)で掲載されました。なお、本研究は日本学術振興会科学研究費補助金JP19H05667、JP20K19960、JP21H03586、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業JPMJFR2070およびthe Gordon and Betty Moore Foundation Marine Microbial Initiative Grant Number 4827の助成を受けました。

タイトル:
Bacterial surface roughness regulates nanoparticle scavenging in seawater
著者:
山田洋輔1,2,3、Nirav Patel1、福田秀樹4、永田俊4、御手洗哲司2、Farooq Azam1
所属:
1. スクリプス海洋研究所(米国)、2. 沖縄科学技術大学院大学、3. 海洋研究開発機構、4. 東京大学大気海洋研究所
DOI:
https://doi.org/10.1002/lno.12309

3. 背景

海洋において38 億年前から存在する細菌は、外部の有機物をいかに効率的に付着させ、利用するか、その膜表面を日々進化させてきたと考えられています。そして、海水1 mL 中におよそ100万存在している細菌は、植物プランクトンが光合成により固定(有機物化)した炭素の約半分を利用しており、海洋炭素循環において大きな役割を担っています。こうした細菌にとって、海水中に大量に存在する植物プランクトンや細菌由来のナノ粒子(細胞の破片や多糖類、核酸、タンパク質など)は、栄養となる重要な有機物源と考えられていますが、細菌のこれらナノ粒子の利用メカニズムについては多くが謎でした。

細菌のナノ粒子利用の最初のステップは、細菌表面へのナノ粒子の付着であり、これは、細菌膜表面の構造や組成、電荷などからさまざまな影響を受けます。また、物理的な観点からは、細菌表面性状の1つであるナノスケールの粗さが細菌の表面積を増減させる、もしくはナノ粒子と付着面の間の反発相互作用エネルギー障壁を変化させるなどし、ナノ粒子の獲得に大きく影響している可能性があると考えられていました。細菌表面の粗さは種、成長段階、および環境条件を反映する動的パラメータであると推測されますが、従来ほとんど知見が無く、それがナノ粒子の獲得にどう影響しているかも不明でした。

4. 成果

日本および米国カリフォルニアの沿岸域および外洋域から採取した細菌表面の粗さを合計 1000 細胞以上、原子間力顕微鏡を用いて測定した結果、細菌表面の粗さは細胞によって大きく異なり(値として 10 倍以上)、非常に多様性に富んでいることが明らかになりました(図1a-c)。また、その粗さは水温と有意な関係が見られ、水温が低いほど粗い細胞が多く、高いほど滑らかなものが多くなるという傾向が見られました(図2)。

この水温と細菌表面の粗さの関係については、まだ仮説の域を出ませんが、海水の粘性およびナノ粒子と細菌との衝突頻度を反映した結果なのかもしれません。水温が低い環境では、海水の粘性が高くなり、ナノ粒子と細菌との衝突頻度は低下する一方、水温が高くなると粘性の低下、衝突頻度の上昇が生じることが知られており、海洋細菌はこれらの環境で生き抜くために、表面の粗さを変化させ、栄養源であるナノ粒子の獲得効率を調整している可能性があります。

図1

図1 沿岸域及び外洋域の表層 10 m 以浅から採取した天然細菌群集の表面粗さの様子とその分布。合計1090細胞の測定を行い、表面粗さは細胞によって大きく異なることが確認された。

図2

図2 細菌の表面粗さと環境要因との比較。水温と粗さの間には有意な負の相関がみられた。

また、ビブリオ属とアルテロモナス属の単離細菌を使用した培養実験では、細菌は一部の種を除いて、増殖期や種によっても表面の粗さは変化することが明らかになりました(図3)。

図3

図3 異なる増殖期 (E、S) における単離細菌 (SWAT3、TW7、AltSIO) の表面の様子。細菌種や増殖期によって、細菌表面の粗さの値は変化することが示されている。

さらに、海洋ウイルス群集やポリスチレンビーズをモデルナノ粒子として使用した培養実験により、細菌表面の粗さとナノ粒子の細菌への付着数との間には正の相関関係が見られ、表面が粗いものほど、多くのナノ粒子を付着させることが明らかになりました(図4)。これらの結果は、細菌表面の粗さが細菌のナノ粒子獲得を制御する重要なパラメータであることを示します。

図4

図4 モデルナノ粒子の細菌表面への付着の様子と表面粗さとの関係。モデルナノ粒子として、天然ウイルス群集とポリスチレンビーズを使用し、単離細菌(SWAT3、TW7)と一緒に培養を行った。表面粗さとナノ粒子の付着の関係は、いずれの細菌種、モデルナノ粒子共に、正の直線関係が見られ、細菌表面の粗さはナノ粒子の獲得を制御する重要なパラメータであることが示唆された。

以上のことから、細菌表面の粗さは、水温のような環境要因や細菌種などにより変化する動的パラメータで、細菌の重要な栄養源であるナノ粒子の獲得にも大きく影響している可能性が示されました。

5. 今後の展望

今回の研究では細菌表面の粗さについて、海洋表層の天然細菌群集および単離株から、その値の測定とナノ粒子付着に関する役割の検討を行いました。しかし、水温との関係や海洋深層の細菌表面性状は未だ不明で、今回実験で用いた細菌種以外において、粗さと付着数の関係が応用できるかどうかについても明らかでありません。また、粗さのような細菌の表面性状がナノ粒子付着の他どのような役割を担っているかも不明です。

今後、このような不明点に関してさらなる検討を行い、細菌表面性状が細菌の生存戦略や海洋物質循環にどのように影響しているのか、を明らかにすることで、海洋細菌の栄養源獲得戦略の理解を深めるだけでなく、海洋中に固定化された炭素の半分を利用する海洋細菌の海洋物質循環における役割とメカニズム、更には気候変動に伴う海洋応答予測の高精度化にも役立つものと考えられます。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 物質科学研究グループ
研究員 山田洋輔
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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