アラスカ山岳氷河域で実施した観測から、氷河底面からの流出水中に一般河川の2倍から40倍という高濃度の溶存メタンが含まれていること、および氷河融解水の水面付近では大気中のメタン濃度が高く(2-6 ppm)、水面からメタンの放出が起きていることを明らかにした。
同様の事例はグリーンランド氷床などでも報告されているが、山岳氷河の数多く存在するアラスカにおいては、はじめての観測事例となる。
これまで、氷河末端域は、大気へのメタン放出源として考慮されてこなかった。温室効果ガスの一つとしても注目され、近年急速に増加しつつあるメタンの放出量推定の精緻化に資するものと期待される。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 北極域環境総合研究センターでは、北極域の急激な温暖化が引き起こすさまざまな環境への影響を調べる研究プロジェクトを進めてきました。同センターの紺屋恵子 研究員、末吉哲雄特任主任研究員(現・国立極地研究所特任教授)らは、アラスカ大学、森林総合研究所、北海道大学の研究者と共同で、米国アラスカ州の山岳氷河域にて2019年から氷河流出水の表面付近において、空気中のメタン濃度、水中の溶存メタン濃度、水面からのメタン放出量の観測を行った結果、高濃度のメタンが放出されていることを検出することに成功しました。具体的には、一部の氷河では融解期初期の流出水の水面付近で大気中のメタン濃度が2-6 ppmであること、氷河流出水の溶存メタン濃度は一般河川の2-40倍、放出量も一般的な河川の約6倍になりえること文献1 を明らかにしました。また、観測場所および観測年ごとで変動が大きいこともわかりました。
氷河はこれまでメタン放出源として考慮されてきませんでした。しかし、本研究で対象とした氷河と同程度の規模の山岳氷河は世界に数多く存在します。メタン発生源は未解明であるものの、これらの山岳氷河では、今回の結果と同様のメタン放出がありえると考えられます。本研究の結果は、山岳氷河を新たなメタン放出源として考慮する必要性を明らかにしたこと、つまりメタン放出量把握の精緻化に繋がる成果と言えます。他の山岳氷河において、一年を通じてどの程度のメタンが放出されているのか、今後さらなる調査が必要です。
この成果は、「Scientific Reports」に5月9日付け(日本時間)で掲載されました。本研究は北極域研究加速プロジェクト(ArCSII)の課題として実施しました。
CH4 emissions from runoff water of Alaskan mountain glaciers
メタンは二酸化炭素に次いで地球温暖化への影響が大きい温室効果ガスで、その大気中の濃度は年々上昇しています。また北極域の大気中メタン濃度は、他の緯度帯よりも高いことが観測からわかっています。その放出源には化石燃料生産や水田、畜産などの人間活動起源のものに加えて自然起源のものがあると考えられていますが、自然起源のものとして湿地やシロアリ、泥火山などは考慮されているものの、氷河周辺域は植生等の有機物が非常に少ないため、これまで放出源として考えられていませんでした。ところが、2018年に大規模な氷体であるグリーンランド氷床の辺縁部で大量のメタンが放出されていることが発見されました文献2 文献3。その後、氷床より小規模な氷体である山岳氷河でもカナダやチベットなどで少量のメタンが放出されている例が報告されました。このうちカナダでは非常に大きな山岳氷河文献4 において短期間検出されたもので、チベットの報告事例では小さな氷河において非常に低い濃度文献5 での検出でした。
そこで、本研究では世界の他の氷河についても同様のメタン放出がみられるか、また継続的に起きている現象であるかを検証するため、これまで報告事例のないアラスカ山脈の複数の比較的小さな山岳氷河において観測を行いました。アラスカは北極域に位置し、様々な大きさの氷河が存在することで知られています。これまでに北極域でメタンの放出が観測されたのは永久凍土帯や湿地帯を除くと、大きな氷河や氷床辺縁部のみでした。
氷河の融解水、そして氷河表面や周辺に降った雨や融雪水は、氷河の割れ目などから底面に到達し、底面を流れて氷河の末端から流出河川として流れ出します(図1)。本研究ではこの流出水について、水面大気中メタン濃度、流出水中溶存メタン濃度、水面メタンフラックス(放出量)の観測を行いました。
観測は2021年および2022年の2回、アラスカ域の4つの氷河を対象に行いました。そのうち3つ(グルカナ、キャンウェル、キャスナー)はアラスカ山脈の中で互いに近い位置に存在している長さ20km程度の小さな氷河で、残りの一つ(マタヌスカ)はチュガッチ山地に位置する長さ40km程度のやや大きな氷河です(図2)。これらの氷河からの流出水を採取し、末端付近で現地観測を行いました。(図3)。
携帯ガスアナライザーによる現地測定と、採取した流出水の溶存ガス分析を行った結果から、観測を行った4つの氷河のうちの3つにおいて、流出水付近の大気中のメタン濃度が一般大気より明らかに高くなっていました。中でも、2022年のキャスナー氷河では、氷河の下を流れてきた流出水の出口付近の大気で非常に高いメタン濃度を検出しました。さらにフラックス測定の結果からは、水面からのメタン放出が確認できました。
2020年代の通常大気でのメタン濃度は2ppm※1 程度(全球平均で1.923ppm)(世界気象機関(WMO) 全球大気監視計画(GAW) 2023年11月発表)です。高濃度のメタンが検出されなかったグルカナ氷河では1.9ppm程度であったのに対して、キャスナー氷河流出水付近の大気メタン濃度は最大で6 ppmに達しました(図4)。一方、キャスナー氷河の周りの堆積物上ではメタン濃度は一般的な大気中の濃度と同じ2.0ppm程度で、メタン濃度の上昇はみられませんでした。
氷河流出水中の溶存メタン濃度を調べたところ、高濃度のメタンが含まれていることがわかりました。これらの結果から、メタンが溶け込んだ氷河流出水が氷河から解放されて、大気に触れたところから大気中に放出されていると考えられます。
水面からのメタン放出量(フラックス)については、最も放出量の多いキャスナー氷河流出水面で1m2あたり1時間に106 μ molであり、一般的な世界の河川からのメタン放出量(1m2あたり1時間に18 μ mol)と比較すると6倍程度ありました。これまでは有機物含有量の少ない氷河流出河川で一般河川よりも放出が多いことは考えられていませんでした。
一方、隣接していながら顕著なメタン放出がみられなかった氷河もあり、山岳氷河周辺におけるメタン放出プロセスについては同じアラスカ山脈の中においても一様でないことも今回新たにわかりました。
ppm
体積濃度の単位で、1ppmは100万分の1、すなわち0.0001%を示す。
温室効果ガスとして二酸化炭素に次ぐ影響力を持つメタンは、最近の研究により、地球表面の様々な場所から放出されていることがわかってきましたが、今回の結果から、アラスカ山岳氷河もメタン放出源の一つということが判明しました。
しかし、どのような山岳氷河からメタンが放出されるのか、メタンを放出される氷河ではどのような過程でメタンが生成されているのか、どのような季節変化を生じているのか、そして今後どのように放出量は推移するのか、未解明な謎は数多く残されています。引き続き観測と分析を行うことで、山岳氷河からのメタン放出に関して、放出量の変化や発生源を解明し、今後の放出量予測およびその精緻化に繋げていきます。
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Christiansen, J.R. & Jørgensen, C.J. First observation of direct methane emission to the atmosphere from the subglacial domain of the Greenland Ice Sheet. Sci. Rep. 8, 2018,16623. doi:10.1038/s41598-018-35054-7
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