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話題の研究 謎解き解説

世界最深の海底下微生物と生命圏の限界(後編)

今回ご紹介する成果発表はこちらです。

2015年7月24日報道発表「「ちきゅう」により世界最深の海底下微生物群集と生命圏の限界を発見 ―石炭・天然ガスの形成プロセスを支える「海底下の森」が存在―」です。

地球深部探査船「ちきゅう」が青森県八戸市沖合の海底下約2,466mから採取した地層サンプル(コア試料)に含まれる微生物の分析結果をまとめた科学論文が、米国科学誌「SCIENCE」で発表されました(2015年7月24日)。

Exploring deep microbial life in coal-bearing sediments down to ~2.5km below the ocean floor.

  • 世界最深記録となる深度から、海底下微生物を発見した。
  • 海底下生命圏の限界域にせまったと考えられる。
  • 世界最深部となる海底下微生物群集の培養に成功した。
  • 海底下深部の微生物の活動が、石炭・天然ガスの形成に関わっていた。

前編では、本研究を主導しているJAMSTEC高知コア研究所の稲垣史生所長代理に海底下生命圏について解説していただきました。後編では、その海底下でメタンを作り出す微生物の培養に成功した、井町主任研究員にお話を聞きます。

海底下微生物の培養に取り組む

こんにちは! 井町さんは「微生物培養のスペシャリスト」と稲垣さんから聞きました。


写真1 井町寛之主任研究員

私たち人類は、地球上に存在する微生物の99%をまだ培養できていないと言われています。私は2006年にJAMSTECに着任して以来、海底下などの極限的な環境から新しい微生物を培養し、その性質や状態を明らかにする研究をしています。一見すると地味な仕事ですが、生命の神秘に迫る、とてもやりがいのある仕事です。

2,000万年前の地層由来の微生物の培養に成功

かっこいい!さっそく培養実験装置を見せてください!

微生物の培養というと、よく試験管やシャーレなどが使われます(図1)。ですが、このような従来の培養法では、海底下微生物をうまく培養できないことが知られています。


図1 一般的な微生物の培養方法

そこで今回は、水処理技術の1つである「下降流懸垂型スポンジ(down-flow hanging sponge: DHS)バイオリアクター」を利用した培養法を使いました(図2)。これは微生物の棲み家となるポリウレタンスポンジを入れたガラス製容器(バイオリアクター)から構成されています。


図2 今回使った下降流懸垂型スポンジ(DHS)バイオリアクター

なぜ、水処理の技術を取り入れたのですか?

私は学生時代に微生物を使った水処理の研究をしていて、水処理装置内の微生物の研究を主にしていました。その時、微生物の代謝活動が行われる容器「バイオリアクター」内に、未知の微生物がたくさんいることに気づきました。言い換えると、その水処理のバイオリアクター内では未知の微生物が培養されていた、ということです。当時の私の視点は水処理なので気にしていなかったのですが…。JAMSTECに来てから、水処理のDHSバイオリアクターを使えば、海底下のよくわからない微生物が培養できるのでは、と考えました。

しかし水処理で使われているDHSバイオリアクターは基本的には酸素を必要とする好気性微生物を利用する装置であったので、そのままでは使えません。海底下の深部にいる微生物の多くは、無酸素環境で生息する嫌気性微生物であるために酸素に触れると死んでしまうからです。バイオリアクターへの酸素侵入を防ぐしくみや、素材、微生物の棲み家にする材料など、2006年の開発当初は年末年始も毎日出勤して試行錯誤を繰り返しました。


図3 2011年に開発したDHSバイオリアクター

それをもとに改良して2012年に完成させた最新型が、今回の培養で使ったDHSバイオリアクターです。

DHSバイオリアクターで、どんな実験をしたのですか?

実験準備の流れは図4を見てください。窒素で満たしたチャンバー内で、海底下2,000mの石炭層サンプルをくだいて粒子状にし、嫌気的 (=無酸素) にした人工海水に混ぜます。そこにスポンジを入れて、石炭粒子をもみこみます。スポンジは一般家庭の台所で食器洗いに使われるものと同じです。スポンジを使う理由は、微生物がくっ付きやすい素材であることから増殖のための足場を作れること、そしてスポンジにある多数の空隙でバイオフィルム(微生物の集団)を作り増殖できるからです。この石炭粒子を付着させたスポンジを、窒素注入中のバイオリアクターに100個ほど入れて、ふたをかぶせて密閉します。

続いてバイオリアクターをインキュベーター(温度を一定に保つ恒温器)に入れて、現場の地層温度に近い40℃に設定。そして、ポンプを使ってリアクターの上部から、嫌気的にした人工海水をコーヒードリップのようにぽたぽたたらします。人工海水はスポンジの表面および内部を自然落下により通過し、リアクターの下部から排出されます。この時、微生物や石炭粒子はスポンジに付着しているため、流出はある程度防ぐことができます。


図4 培養実験の準備

どんな結果が出たのですか?

実験開始から40日目、バイオリアクター内の気体を分析していると、メタン濃度のわずかな増加がみられました。メタン濃度増加=微生物増加、ということ。メタンに含まれる炭素の同位体分析からも、このメタンは微生物が関与してできたと示されました。

でも、まさかこんなに早く結果が見えてくるなんて、自分でもびっくりしました。今回の培養実験は驚くほどスムーズに進みました。

694日目に取出したスポンジに付着させていた石炭粒子の電子顕微鏡写真が、写真2です。実験開始0日目と比べてみましょう。


写真2 石炭粒子の電子顕微鏡写真。左が0日、右が694日目。どちらも1,900倍。
 

分かりにくいかもしれませんが、開始時には微生物細胞は見当たりません。694日目には、微生物細胞がびっしり石炭の粒子を覆っていました。にょろにょろしたものすべてが、微生物細胞です。

え、すべて微生物ですか!? 何種類くらいいるのでしょうか?

遺伝子解析から、100種以上が確認されました。メタン菌もいました (写真3)。


写真3 電子顕微鏡で見たメタン菌。紫外線をあてると青白く光る。

多様な微生物の活動によって、複雑で分解しにくい石炭が、安息香酸やフェノール、長鎖脂肪酸、プロピオン酸、酢酸…と分解されて、最後にできた水素やCO2を、メタン菌が使ってメタンをつくっているものと考えられます。まさに、石炭層の微生物生態系がバイオリアクター内に再現されたと言っても過言ではないでしょう。

メタン菌の培養液に、質量数の1つ多い炭素(13C安定同位体)をつけたCO2を加えて培養したところ、メタン菌がCO2を取りこんでいたことが超高解像度二次イオン質量分析器(NanoSIMS 50L)により確認されました(写真4)。


写真4  NanoSIMSで、微生物細胞内に取り込まれたCO2を確認(右下のNanoSIMSイメージ)。
写真右は、NanoSIMS分析のスペシャリストであるJAMSTEC高知コア研究所の伊藤元雄グループリーダー代理。

海底下微生物の細胞分裂は千年か1万年に1回と聞いたのですが、なぜこんなに早く増えたのですか?

微生物は、もともと自己増殖能力はあるので、増殖しやすい環境になれば爆発的に増えることが可能です。しかし海底下は、石炭層では栄養源があっても、水が少ないしスペースも少ないので増えることができなかったのだろうと考えています。そういうところでは、自分自身の生命機能をギリギリ維持していくか、千年~1万年に1回の細胞分裂がやっとなのです。

実験により、世界最深部となる海底下生命圏の培養に成功し、その活動がメタン生成をサポートしていることが、確認されました。なお、培養実験は今(2015年11月現在)も続いています。

生態系の機能を利用して
持続的な産業社会や地球環境の維持修復へ

稲垣さん、戻りました!海底下生命圏の限界と活動について理解が深まりました。

(稲垣さん)
今回の研究では、かつて陸上にあった森が、地殻変動で海底下深くに沈み、2,000万年以上たった現在もなお、微生物を育み炭素資源をつくる「海底下の森」の働きをしていることがわかりました。

お二人にうかがいます。今後はどんな研究をするのですか?

(井町さん)
八戸沖海底下の石炭層は、石炭としては未成熟段階の褐炭で商業的にはほとんど利用されていません。ですが、褐炭を微生物が分解すればメタンが発生します。私は、こうした未利用資源と微生物を使ってエネルギーを作る研究をしたいと考えています。その鍵は、いかに褐炭と微生物をうまく接触させ、高効率でメタンを生成できるか。実現すれば、褐炭そのものも熟成が進んで高品位の石炭となります。それを目指す上で、今回成功した培養技術とメタン菌は、メタン菌の性質やしくみを解明しその特性を最大限生かした利用につなげる上で非常に役立ちます。

(稲垣さん)
我々人類はいま、産業革命以降の急激な大気中のCO2濃度の増加によって、地球温暖化や海洋酸性化といった地球規模の環境問題やエネルギー問題に直面しています。今回の研究では、海底下に埋没した石炭の熟成や天然ガス(メタン)の形成プロセスに微生物の活動が広範囲に関係していることがわかってきました。興味深いのは、生命圏の限界に近い、小さな微生物の集団であっても、それらは「有機物を分解して最終的にメタンを作る」といった、森林土壌にある機能や役割をちゃんと保っていたということです。よく考えると、メタン菌は約40億年前に地球に発生した始原的な微生物で、今もなおCO2を還元してエネルギー物質を作る重要な役割を果たしています。
私は、そのような微生物の生態系が本来持っている合理的で普遍的な機能を、いかに現在の人類的・地球的な課題の解決に役立てるかを考えていきたいと思っています。

実は、海洋や海底下などの地球環境や生命について調べていくと、大きな意味で循環型のシステムを持っていることに気がつきます。その中に、これからの持続的な産業社会や地球環境の維持・修復に役立つものがあるのではと思っています。それを、どのように理解して活かすか、が問われている。海洋や海底下生命圏の基礎研究が、そういった形で地球環境と調和した循環型の産業社会につながると良いと思っています。

稲垣さん、井町さん、ありがとうございました。

あとがき

微生物というと身の周りにいつも無数にあふれているものですが、あまり意識していませんでした。しかしその微生物には2000万年前の地層を由来とするものがいて、その生命活動が、現在の、そして未来の地球環境を形作る壮大なスケールへとつながっていくのですね。言葉で表現できないほどの、奥深さと無限大の可能性を微生物に感じました。

参考リンク:
井町主任研究員のブルーアース記事
井町主任研究員が所属する深海・地殻内生物圏研究分野海底資源研究開発センター