技術と研究が進み、地震の揺れ(地震動)には様々な種類があることがわかってきました。その中から、今回は「長周期地震動」と呼ばれる種類を紹介します。長周期地震動はゆっくりとした揺れで、高層ビルなどの建造物と共振して大きな被害をもたらすことが懸念されています。このたび、その長周期地震動が、陸だけではなく海底でも発生していたことが、南海トラフの海底に構築した地震・津波観測監視システム「DONET」による観測データから初めて明らかになりました。こちらの研究です。
地震・津波観測監視システム「DONET」で海底における長周期地震動を観測―海溝型大地震の震源域に広がる海洋堆積層が長周期地震動の発達に影響することを実証―(2015年11月30日発表)
論文タイトル:Long-period ocean-bottom motions in the source areas of large subduction earthquakes
長周期地震動って、なに? 海底の付加体で増幅するって、どういうこと? 今回は、岡山大学、東京工業大学、そして福井大学と共同で「Scientific Report」に研究発表した中村武史技術研究員に聞きます。
私は鳥取県の米子市で育ちました。子供のころから地図を見るのが好きでした。何となく地学関係がおもしろそうだなと感じ、大学は理学部の地球惑星科学科に進学しました。研究室を決めるときは、気象と地震で迷ったことを覚えています。どちらも身近な現象で、現象の仕組みや発生の過程に興味を持ちました。最終的には、地震の方が未解明の部分が多くおもしろそうだと思ったこと、そして人気のある気象の研究室は、私の悪い成績では入れないため、地震を研究する固体地球惑星力学研究室へ進みました。
JAMSTECに着任したのは、2006年です。ちょうど地震・津波観測監視システム(DONET1)の研究開発が始まった年でした。地震津波海域観測研究開発センターに配属され、地震波を使って地震の発生メカニズムや波の伝わり方を探る研究をしています。
豆知識!
長周期地震動って、なに?
地震が起きると、断層からエネルギーが放たれ、四方八方へ波が広がります(図1)。これを「地震波」と呼びます。地震波の進行方向に揺れる縦波をP波、進行方向に直角に揺れる横波をS波と呼びます。縦波(P波)は秒速約5~7km程度、横波(S波)はその半分程度のスピードで広がります。
縦波(P波)は先に地表面に到達し、地表でガタっとした小刻みな揺れを起こします。続いて横波(S波)が到達して、ゆらゆらした大きな揺れを起こします。さらに、震源が浅く、地震の規模が大きいと、「表面波」と呼ばれる波が地表を伝わることがあります。これは“ゆっさゆっさ”とした大きな揺れを引き起こします。
こうした表面波などが伝わることに伴う揺れの1つが、今回紹介する長周期地震動です。周期とは地震波が1往復するのにかかる時間(図2)で、数秒以上の“ゆっさゆっさ”とした長い周期の揺れが長く続くことを、長周期地震動と呼ぶことが多くあります。短い周期の地震動と異なり、長周期地震動は震源から遠く離れた場所でも観測されることがあります。
高い建造物をゆらす長周期地震動
長周期地震動が発生すると被害が心配されるのが、高層ビルや長大橋、石油タンクなどの巨大建造物です。建物には固有の揺れやすい周期(固有周期)があり、その固有周期は高いビルほど長くなります。長周期地震動の周期と建物の固有周期が一致すれば、共振して、大きく長く揺れる危険があるのです(図3)。
過去には、2003年に北海道の十勝沖を震源としてマグニチュード(M)8.0の地震が発生した時に、震源から約250㎞離れた苫小牧で石油タンクが大きく揺れました。これにより石油があふれ大火災が発生しました。2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生した時は、東京の都心で超高層ビルがゆっくり大きく揺れました。ビルの中では、棚などが倒れたりエレベータが壊れたりしました。いずれも長周期地震動と建物が共振したためです。
平野や盆地などの場所に地震波が入ると、長周期地震動が発生しやすくなります。地震の規模によっては、震源から遠い平野や盆地でも発生することがあります。さらに、これまでのシミュレーション研究から、長周期地震動は陸上だけではなく海底でも発生している可能性が指摘されていました。しかし、実際に観測された例はこれまでありませんでした。
そこで私は、海底で長周期地震動が起きるのかを明らかにするため、DONETの観測データに注目しました。
DONETとは、JAMSTECが研究開発して紀伊半島沖と四国沖の海底に展開した地震・津波観測監視システムです(図4)。南海トラフで発生する地震と津波を海底でとらえるため、つまり震源から離れた陸上からではなく、震源に近い海底でいち早くとらえるために、紀伊半島沖と四国沖の海底に観測装置を設置しています。
DONETの観測データは、光ケーブルを伝って尾鷲などにある陸上局へ、そこから専用回線を使って横浜研究所コントロールセンターにリアルタイムで送信されます。横浜研究所コントロールセンターでは観測データがまとめられて研究に使いやすい形で保存されています。
今回の研究には、そのDONETの観測データに加えて、防災科学技術研究所が公開する陸上の地震計による観測データも入手。2013年4月13日に淡路島を震源として発生した中規模地震についてデータの解析を行いました(図5)。
陸を震源とするこの地震を選んだ理由は、主に2つあります。1つ目は、中規模の地震なので、長周期地震動が観測されやすくなること。地震の規模がある程度大きくなければ、長周期地震動がノイズに埋もれて観測が難しくなります。DONET直下では、普段は小規模な地震が多く、この規模の地震はめったに発生しません。今回解析した陸の地震は、全国的には中規模の地震ですが、DONETの観測がスタートして以来、この周辺においては最大の規模でした。
もう1つの理由は、海底観測点から離れた陸の地震の方が、海底を伝わってきた地震波について、解析がしやすくなるからです。これは解析上の問題なのですが、震源と観測点がある程度離れていると、地震のメカニズム(震源のしくみ)の影響や波の伝わり方の性質をごっちゃにせず、分けて考えることができ、問題を単純化できます。今回は、地震のメカニズムではなく、波の伝わり方に着目していますので、このように離れた場所の地震のデータをあえて使いました。
まず、地震波を分解して短周期と長周期に分け、それぞれが震源から遠くなるとどうなるのか調べました。その結果(図6)、短周期の地震波は、震源から遠くなるほど弱まり、波の伝わり方の一般的な性質と変わりはありませんでした。しかしながら、長周期の地震波は、海底に伝わってから振幅が増幅していました。図6右で、DONETの地震波の振幅が飛び出ている(黄色ダイヤモンド印)ことが分かると思います。陸の振幅と比べて、減衰せずに大きくなっていることを示しています。
私はすぐに「海底で長周期地震動が起きている」と思いました。
続いて、長周期の地震波についてさらに解析した結果が、図7です。上側が陸上の地震計、下側がDONETによる海底での観測データです。波形を見比べてください。
そう。長周期の地震波の振幅は、陸よりも海底の方が入り乱れ、長くなっています。つまり、長周期地震動が海底に伝わってから、揺れは増幅し、時間も長く続いたということです。
この地震をスーパーコンピュータ「京」(写真3)を使ってシミュレーションで再現しました。
動画では、赤い波が地震波を表します。赤が濃いほど長周期の地震波の揺れが大きいことを意味します。地震が発生し、時間の経過とともに震源から赤い波が広がっていきます。
動画 地震波が伝わる様子を再現したシミュレーション
図8のスナップショットでじっくり見てみましょう。
時間が経っても、海底の、特に南海トラフの周辺の広い範囲に濃い赤が集中しているでしょう? このあたりで長周期地震動が長く続くというシミュレーション結果です。
長周期地震動は、平野や盆地、堆積層などを伝わると、そのやわらかい地層によって振幅が増幅し、継続時間も長くなる性質があります(図9)。極端な例えですが、容器に入ったプリンをゆすると、ぷるんぷるんと大きく長い時間揺れるイメージです。
フィリピン海プレートの下に太平洋プレートが沈み込む南海トラフでは、太平洋プレート上の堆積物がそぎ取られてフィリピン海プレート側にくっつく付加体が広がります(図10)。付加体は他よりやわらかいですし、かたいプレートで挟まれています。付加体には、長周期地震動が増幅する条件がそろっているのです。
南海トラフ沿いの海底で長周期地震動が発生すれば、陸にもある程度影響を与えます。それがどの程度なのかは、これからきちんと評価することが必要と考えています。
今回の研究の最大のポイントは、陸上の平野や盆地だけではなく、海底でも長周期地震動が発生しているということです。この結果は、海底観測データを用いた地震波の解析に重要な点を示しています。
これまで、マグニチュードや地震のメカニズムなどの解析では、「陸上の観測データ」を使い、「陸上の観測データ向けの解析手法」を使ってきました。しかし、海底に設置されたDONETの観測データには、この研究で示したように、長周期地震動が多く含まれることがあります。その海底観測データを解析する際、陸上の観測データ向けの解析手法を使ってしまえば、長周期地震動が原因でマグニチュードやメカニズムの解析結果に間違いを生む恐れがあります。そうなると、社会の防災や減災対策にも影響が広がります。
それを防ぐため、海底の長周期地震動がこれらの解析にどんな影響を与えるのかをくわしく評価した上で、「海底の観測データ向けの解析手法」の開発に取り組みたいと考えています。今後、海底観測のニーズはさらに高まると考えられますので、新たな解析手法の開発は極めて重要です。また、海底の長周期地震動が陸にどう伝わりどんな影響を与えるのかも調べたいです。私は今後もDONETの観測データを解析し研究を続けていきたいと考えています。
シミュレーションで南海トラフ沿いに長周期地震が長時間続く様子に愕然としました。他の場所との違いを歴然と見て取れます。今後、海底に設置された地震計などの観測によって、地震や津波に対する迅速な情報提供はもちろん、地震研究がさらに大きく前進することを願います。
読者のみなさん、非常食の準備や家具の固定、緊急時の避難場所の確認などをしっかりしておいてください。命を守るために、地震に対する備えをしてほしいと思います。
本研究のデータ解析では、国立研究開発法人防災科学技術研究所によるK-NET・KiK-netデータを使用しました。シミュレーション結果は、文部科学省によるHPCI戦略プログラム分野3「防災・減災に資する地球変動予測」(戦略機関:JAMSTEC)の研究課題「地震の予測精度の高度化に関する研究」(課題代表者:東京大学地震研究所・古村孝志教授)の一環として、国立研究開発法人理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を利用して得られたものです(課題ID:hp130013)。