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JAMSTECニュース:コラム

【コラム】なぜ台風12号はかつてないルートで日本を襲ったのか?~熱帯起源の渦(台風)と高緯度起源の渦(寒冷渦)との相互作用~

2018年8月7日

シームレス環境予測研究分野 中野満寿男 技術研究員
那須野智江 主任研究員

アプリケーションラボ 山崎哲 研究員
 

はじめに

台風12号は7月28日から30日にかけて、かつてないコースで日本列島を東から西へ横断し高波などによる被害が各地で発生しました。さらにその後、8月1日にかけて鹿児島県の屋久島付近で反時計回りにループを描いて中国大陸方面に向かいました。このように台風12号が特異なルートをとったのは対流圏上層に存在した高緯度起源の渦「寒冷渦」と熱帯で発生した台風12号とが相互作用した結果です。このコラムでは、寒冷渦とは何か、台風12号はなぜこのようなルートで日本を襲ったのかを解説します。

大きくうねったジェット気流から寒冷渦が発生

高度10-15 kmの中緯度帯を西から東に吹いている強い風(ジェット気流)によって、ジェット気流の極側の空気と赤道側の空気は分けられています。図1では高度約12 kmのジェット気流の極側の空気を寒色で赤道側の空気を暖色で色をつけています。
7月中旬は、北緯40-50度を吹いていたジェット気流(図1a)が、下旬になると日本付近で大きく南北に蛇行をしました(図1b)。7月24日にはジェット気流の極側の空気が北海道上空で大きく南に引き延ばされ(図1c)、25日にはジェット気流の南側に切り離されてしまいました(図1d)。この切り離された空気塊は「寒冷渦」と呼ばれ、今回の台風12号の行方を左右しました。台風12号は7月24日に日本の南海上で発生し、25日には寒冷渦の南東約2000 kmに存在していました。

図1
350 K等温位面(高度約12 km)の渦位(色,K m2 / kg / s、寒冷渦や図1b-dで見られるような極端なジェット気流の蛇行がない場合渦位が大きい空気は極側に、小さい空気は赤道側に分布する性質を持つ)と850 hPa等圧面(高度約1.5 km)の渦度(等値線, /s、低気圧性の渦度のみ示す)。(a)7/18 午前9時, (b)7/23 午前9時, (c)7/24 午前9時, (d)7/26 午前3時をそれぞれ示す。

寒冷渦~地上の天気図には現れないが注意が必要な渦

図2aは気象庁作成の7月27日午前9時(時刻はすべて日本時間)の地上天気図です。太平洋高気圧がやや北に偏って東から張り出しています。日本の南には台風12号があり、北東に進んでいます。また北海道の東には台風11号から変わった低気圧があって北に進んでいます。この地上の天気図を見ただけでは、台風12号も台風11号と同様に太平洋高気圧の縁を北に進んでもおかしくはなさそうです。
図2bは7月26日の午後9時から開始した全球雲システム解像モデル「NICAM」※1による27日午前9時(シミュレーション開始から12時間後)の高度約10 kmの面の気圧(色)と海面気圧(等値線)のシミュレーション結果※2をしめしています。高度約10 kmでは、関東のすぐ南海上には気圧の低い場所(青色)が見られます。これが今回、注目している「寒冷渦」です。c線上の東西-高度断面をみてみると(図2c)、この渦は高度12 km付近で最も速く、反時計回りに回転していることがわかります。また渦の最大風速となる領域は、中心から300 km程度離れています。渦の高度12 kmより上空では周りよりも気温が高くなっており、下では周りよりも気温が低くなっているのがわかります。対流圏の中〜上層に寒気が存在するため、この渦の下では大気の状態が不安定で、突風や雷、雹が降るなどの激しい大気現象が起こることがあります。寒冷渦は、地上の天気図にはなかなか現れることがありませんが、非常に注意が必要な渦です。
図2bに戻ると、この寒冷渦の南南東には台風12号があります。この台風も同様にd線上の東西-高度断面を見てみましょう(図2d)。対流圏下層から上層まで直立した強い渦構造が見られ、中心から30 kmのところに最大風速が存在しています。渦の中は周りよりも気温が高くなっています。これは典型的な台風の構造です。図2cと見比べると、高緯度起源の寒冷渦と熱帯起源の台風とでは全く異なる構造を持っていることがわかるでしょう。

図2
(a)7/27 午前9時の気象庁天気図(気象庁HPより取得)。(b) NICAMを用いた7/26 午後9時から開始したシミュレーションにおける12時間後(7/27 午前9時 )の海面気圧(等値線, hPa)と高度約10 kmの気圧(色, hPa)の予測。(cとd)(b)のc とd線上での南北風(等値線, m/s、南風が正)と渦の中心から約1000 kmの範囲での水平平均からの温度偏差(色, K)をそれぞれ示す。

渦と渦の相互作用

図2bをよく見ると、寒冷渦の端に台風12号が存在しているのがわかります。このように低気圧性の渦と渦が水平方向に近づくと、北半球では互いに互いの渦を反時計回りに回転させることがあります(図3)。これを渦と渦の相互作用と呼びます。特に台風同士の相互作用の場合は「藤原の効果」と呼ばれます。
報道などでは「動かない」寒冷渦の周りを台風がぐるりと反時計回りに回って日本列島を東から西へと台風が移動していくような解説を目にしましたが、実際には、このシミュレーション動画で見られるように、寒冷渦も台風の周りを反時計回りに移動していました。
渦と渦の相互作用が起こるかどうか、そしてその様子がどうなるのかはそれぞれの渦の大きさや深さ、強さ、渦同士の水平方向の距離や大気の安定度が関係しています。今回のケースではこの渦の相互作用がいつから起こるのか、どのくらいの強さで起こるのかを精度よく予測することが、精度の高い台風進路予測のために重要でした。そのためには、上で述べたような多くのパラメータを精度良く予測できる必要があり、予測が難しいケースでした。NICAMによる7月26日の午後9時から開始したシミュレーションでは台風12号が九州方面に向かいましたが、相互作用が若干強すぎて、実際の台風の経路よりは太平洋側に経路がずれ、進行も速い予測になっていました。また、1日前の25日の午後9時から開始したシミュレーションでは、中国地方から日本海側に向かう予測になっていました。
今回のケースのように上層の渦と台風とが相互作用したケースは今回が初めてではありません。たとえば2016年の台風10号は、気象庁の台風経路データが存在している1951年以降初めて東北地方太平洋側に上陸し、各地に大きな被害をもたらしました。この台風も上層の渦との相互作用によって特異な経路をとっており、予測が難しいケースでした。

図3
14 km格子NICAMを用いた7/26午後9時から開始したシミュレーションによる海面気圧(等値線, hPa)と高度約10 kmの気圧(色, hPa)。

今後

今回の台風は渦と渦の相互作用によって予測が難しいケースでした。JAMSTECでは気象庁気象研究所と共同で地球シミュレータを活用して、台風予測改善に向けた数値モデリング研究を行っており(参考:2017年3月31日プレスリリース「全球高解像度シミュレーションにより台風予測精度が向上―複数のモデルと多数の事例で高解像度化の効果を定量的に確認―)今後も予測精度の改善につながる研究を推進していきます。
また、今回の台風12号の発生には、対流活動が活発な領域が時間とともに北進する北半球夏季季節内変動(BSISO)とよばれる熱帯の対流活動の変動が関係していました(図4)(参考:2015年1月20日プレスリリース「台風発生の2週間予測が実現可能であることを実証―台風発生予測の実用化に向けた第一歩―」)。今回の寒冷渦の発生のきっかけとなったジェット気流の大きな蛇行にもBSISOが関係している可能性があります。JAMSTECでは2018年7月から8月にかけてYMC―BSMと呼ばれる観測キャンペーン(英語サイト 観測の様子は日本語Blogもご覧ください)を実施しています。この観測キャンペーンでは、まさにBSISOのメカニズムを解明することを目的としており、今後観測キャンペーンで得られたデータの解析や、数値シミュレーションにより詳しく解析を行っていく予定です。

図4
ひまわり8号による赤外画像(高知大学気象情報頁より取得)。左から7/10, 7/15. 7/24 の午前9時のもの。対流が活発な領域が時間とともに北進しているのがわかる。

※1 NICAM:地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することにより高精度の計算を実現した全球気象モデル。従来の全球気象モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲システムの関係について、なんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていました。NICAMは主に水平解像度870 mから14 kmの範囲で運用されており、870 m~3.5 km の超高解像度を用いる場合は全球雲解像モデル、7 km~14 kmの解像度を用いる場合は全球雲システム解像モデルと呼ばれます。

関連サイト

※2 シミュレーション結果: JAMSTECでは2018年7月から8月にかけてYMC―BSMと呼ばれる観測キャンペーンを実施中です(「今後」参照)。YMC―BSMでは雨が降ったり、雲が出たりすると実施できない、特殊なラジオゾンデを用いた観測を行っています。この観測を支援する目的で、全球14 km格子のNICAMを用いた5日先までの予測計算を毎日実施しています。

謝辞

NICAMによる予測計算はJAMSTECのスーパーコンピュータDAシステムを用いました。モデルの初期値には京都大学の生存圏データベースでアーカイブされている、気象庁全球モデルGPVデータを用いました。ひまわり画像は高知大学気象情報頁から取得しました。解析の一部は日本学術振興会科学研究費基盤研究(B)「台風進路予測の変動メカニズムの解明」(研究課題番号:26282111)および若手研究(B)「日本近海における台風発生ポテンシャルの予測手法の開発」(研究課題番号:17K13010)の支援を受けて行いました。