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研究者コラム

西風と東風が交互に入れ替わる不思議な大気の流れ―赤道成層圏準2年振動に迫った20年

記事

地球環境部門 環境変動予測研究センター
河谷 芳雄 主任研究員

はじめに

赤道域成層圏(赤道域で高度約18~50kmの大気層)では、東西方向の風の流れ(東西風)が平均周期28カ月で西風と東風が交互に入れ替わる不思議な現象があります。この現象は周期が2年に近いことから赤道準2年振動(Quasi-Biennial Oscillation: QBO)と呼ばれています。図1に高度25kmにおける赤道域成層圏の東西方向の大気の流れを示します。左から順に2009年1月、2010年4月、2011年5月の東西風で、28ヶ月の間に西風、東風、西風と変わっています。QBOに伴う東西風の向きは、高度方向にも変化しています。図1bはQBOの時間変化を高度別(18, 25, 32km)に示したものです。矢印の大きさは風の強さ、赤が西風、青が東風を表します。縦軸は高度で、右に行くほど時間が経過しています。西風と東風は、まず高い場所に現れ、時間とともに低い場所へ移動し、成層圏最下層である高度18km付近で消滅します。

QBOが発見されたのは今から約61年前のことですが、発見されて以降、多くの研究が行われ、2001年にはそれまでのQBO研究を総括したレビュー論文が発表されました。それから20年余りが経ち、新たな知見が多く得られてきました。一昨年、QBO研究をリードする世界中の研究者が集まり、これらをレビュー論文としてまとめようという話がでました。それから約2年の時間をかけて、Nature系列のレビュー論文誌である、Nature Reviews Earth & Environmentに新たなQBOレビュー論文が発表されましたので、紹介したいと思います。

図1
図1. (a)高度25kmにおける赤道域の東西風。赤が西風、青が東風。左から順に2009年1月(西風)、2010年4月(東風)、2011年5月(西風)。(b)高度18, 25, 32kmにおけるQBOの時間変化。右へ行くほど時間が進み、矢印が大きいほど風が強い。西風と東風は、時間の経過とともに高い場所から低い場所へ移動し、高度18km付近で消滅。

QBOの遠隔影響~この20年間で分かってきたこと~

QBOは赤道域成層圏に見られる大気現象ですが、遠く離れた大気現象にも大きな影響を与えています。図2にQBOが引き起こす4つの遠隔作用(テレコネクション)の模式図を示します。高度22kmにおいてQBOが東風位相から西風位相を引いた時の東西風と温度の差を示しています。QBO位相の違いは、成層圏極渦(極域に形成される西風ジェット帯)の強さを変え、中高緯度の地表面気圧配置、ストームトラック(低気圧の通り道)の分布を変えます(経路④)。例えば英国ではQBO西風位相時に低気圧活動が活発で洪水が起きやすいと報告されています。最近ではQBO東風位相時に熱帯大規模雲活動であるマッデン・ジュリアン振動(MJO)が活発であることが分かっています(経路①)。またQBO位相は、成層圏から中間圏へ伝播していく大気波動を変える役割もあります(経路②)。また亜熱帯ジェットにも影響を与えており(経路③)、台風分布がQBO位相によって変化すると指摘している研究もあります。このようにQBOは赤道~極域、地表~高度100kmに及ぶ広範囲の大気現象に影響を及ぼすため、季節予報~気候変動を考える上で極めて重要な気象現象の1つと認識されています。近年、QBOの重要性が再認識され、世界一の季節予報精度を誇る欧州中期予報センター(ECMWF)では、本格的なQBO季節予報研究も開始されています。

図2
図2.QBOが引き起こす4つの遠隔作用(テレコネクション)の模式図。高度22kmのQBOが東風時から西風時を引いた時の東西風(コンター)と温度(色)の偏差。Anstey et al. 2022のFig.2改変。

気候変動にともなうQBOの変化

このようにQBOは様々な大気現象に影響を与えている為、地球温暖化に伴ってどのような変化をするか、を調べることは重要です。温暖化時のQBO変化に関する詳細な研究は筆者らのグループによって2011年に発表されて以降、この10年間で随分と進んできました。図3aに温暖化に伴う下部成層圏(高度19㎞付近)のQBO振幅の変化を示します。黒線が観測、色が4種類の気候モデル実験で、1900-2100年の結果になります。温暖化に伴いQBO振幅が弱くなっている様子が観測・モデルともに見られます。この特徴は、ほぼ全ての気候モデルで同じ様相を示し、今では堅固な知見として知られています。一方でQBO周期の変化は、世界中の気候モデル実験の結果がバラバラで、統一した見解が得られていないのが現状です(図3b参照)。

図3
図3.(a)高度19kmにおけるQBO振幅の変化。黒線が観測で、色が4種類の気候モデルの結果。観測は1953-2020年のラジオゾンデ観測データを使用。(b)異なる気候モデルが示すQBO周期の変化。灰色が現在気候実験、青色と赤色が温暖化実験。Anstey et al. 2022のFig.5改変。

今後の課題

この20年の間に、QBOに関する研究が進み、新たな知見が多く得られてきました。QBOは長周期の大気変動モード(平均周期28カ月)であり、他の気象現象より予測可能性が高く、数カ月先の季節予報をする際に、QBOを適切に再現する数値モデルを使うことはとても大切です。QBOは少なくとも4つのテレコネクション経路があり、降水活動や地表面気圧変動とも深く関わっていることも知られてきました。温暖化時のQBO変化については、QBO振幅の弱化は堅固な知見となっていますが、周期の変化はまだ分かっていません。長期間の地点観測や衛星観測データによる検証や、東西風を様々な場所で測ることができる新しい観測データ、またモデルのQBO再現性の向上などが、今後のQBO研究の発展に必要になるでしょう。

参考文献
1) Kawatani, Y. et al.: J. Atmos. Sci., 68, 265-283, (2011)
2) Kawatani, Y. and K. Hamilton: Nature, 497, 478-481, (2013)
3) Anstey et al.: Nature Reviews earth & environment, 2, 588-603 (2022)

 

河谷芳雄 Kawatani Yoshio

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
地球環境部門 環境変動予測研究センター 主任研究員。
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了、博士(理学)。2004年より海洋研究開発機構ポストドクトラル研究員,研究員を経て2012年より現職。2011年度日本気象学会山本正野論文賞、2017年度日本気象学会賞、2019年第3回地球惑星科学振興西田賞受賞。専門は気象学、中層大気科学。

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