爪白海底に沈んだ石柱が物語る高知県の津波地震・巨大台風災害の記録
~水中遺構から黒田郡伝承に迫る!~

2019年 7月10日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
高知コア研究所

1. ポイント

爪白海底に眠る石柱群は百年以上前から近隣集落で使用されていた石造物(石段・基礎)であった。
爪白石柱群は近隣の石切場で採掘・加工された竜串層砂岩から造られていることがわかった。
爪白石柱群は南海地震津波によって海に流され、一度土砂に埋没した後、近年(1950年以降)の台風の高波によって海底表層に現れた可能性がある。

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)高知コア研究所の谷川亘主任研究員及び国立大学法人高知大学(学長 櫻井 克年)海洋コア総合研究センターの浦本豪一郎特任助教らは、高知県に伝わる「黒田郡(くろだごおり)」伝承と土佐清水市爪白海底の石柱群の関係に着目し、石柱および関連する天然・人工の岩石の岩石物理化学的測定を行いました。その結果、海底石柱群が近隣の採石場で採取・加工されて100年以上昔から爪白集落で使用されていた石造物であることを明らかにするとともに、過去の南海地震と1950年以降の大型台風により陸上にあった石柱が海底表層に現れた可能性があることを明らかにしました。

高知県には、白鳳南海地震(684年)で沈んだ村「黒田郡」の伝承が各地に伝わっています。その実態はこれまで詳らかにされていませんでしたが、土佐清水市爪白海岸の海底には石柱が多く水没していることが知られていました。海底に沈んだ遺物や構造物にそのヒントが隠されている可能性があることから、本研究では、石柱の起源及び黒田郡との関連性を明らかにするために、石柱及び関連性が高いと考えられるモノ(地元集落の石造物・露頭と近隣の採石場の岩石)を対象に岩石物理化学的な分析を行いました。

その結果、海底の石柱は土佐清水市三崎・斧積地区の旧採石場で採取され、100年以上前から爪白地区の神社の石段や家の基礎として利用された石造物であることがわかりました。さらに年代分析と文献資料をもとに推察した結果、1707年の宝永地震もしくは1854年の安政地震の大津波により沿岸陸上の石柱が海に流されて一度は土砂に埋没したが、1950年以降の大型台風により土砂が洗い流され、石柱が海底表層に出現した可能性があることがわかりました。

本研究は、高知県沿岸部をはじめとした日本各地の海中で確認されている海底遺構・遺物が過去に発生した南海地震と台風による被害を記録する重要な災害資料となり、将来発生する巨大自然災害への警鐘につながることを示しています。さらに、本研究成果は自然災害と人々の生活の営みを学ぶ教材としても、その一助になるものと期待されます。

本研究は、JSPS科研費JP16H03103、JP 26560147の助成を受けて実施されたものです。本成果は、蘭科学誌「Marine Geology」に、6月16日付け(日本時間)で掲載されました。

掲載論文タイトル:
Provenance of submerged stone pillars in an earthquake and typhoon hazard zone, coastal Tosashimizu, southwest Japan: A multidisciplinary geological approach
著者:谷川亘1、浦本豪一郎2、濱田洋平1、村山雅史2、山本裕二2、廣瀬丈洋1、多田井修3、田中幸記4、尾嵜大真5、米田穣5、徳山英一2
1:海洋研究開発機構 高知コア研究所
2:高知大学 海洋コア総合研究センター
3:マリンワークジャパン
4:高知大学 総合研究センター 海洋生物研究教育施設
5:東京大学 総合研究博物館

3.背景

巨大地震によって集落一帯が水没したという記録や伝承は日本各地に残されています。例えば、明応地震(1498年)による静岡県の焼津林叟院と浜名湖南部の水没、天正十三年(1586年)の地震に伴う滋賀県長浜市西浜千軒の集落水没などが挙げられます。こうした地震災害の記録は、歴史地震の被害の実態・規模を理解する重要な資料になるのはもちろんですが、「後世に防災意識を促す」機能的役割もあります。しかし、記録伝承を科学的に詳しく検証した事例は必ずしも多くなく、その役割を十分に発揮できていません。

高知県各地では684年に発生した白鳳地震により「黒田郡」「○○千軒(○○には地名が入る)」と呼ばれる集落一帯が海に沈んだという記録・伝承が残されています。白鳳地震の高知の被害状況は『日本書紀』に「土佐国の田苑(はたけ)五十万頃(約12km)あまり沒れて海となれり」と記述されています。白鳳地震の被害状況を記述した文献を整理すると、伝承が(1) 黒田郡を含む比較的広範な地域が水没した伝承と、(2)「○○千軒」と呼ばれる小規模な集落の水没被害を示す伝承の二つに分類できます(『南路志』『土佐大震記』など)。「黒田郡」という集落は現存しないが、○○千軒と呼ばれる地域の一部は高知県に現存し、記録の信憑性は高いことをうかがわせます。昔話の題材として「黒田郡」が出てくること、白鳳地震の水没被害により海辺から内陸部に寺社が遷された伝承も多く残され(図1)、「黒田郡水没伝承」は高知県内に深く浸透しています。

一方、高知県では、沿岸部海底で人工物と思われる井戸や石柱などがあるという証言が数多くあります。また、高知県沿岸部の十数地点では海底遺構・遺物の存在を示す文献記録を確認することができます。「海底遺構を示唆する地域」「水没集落の口碑伝承が残る地域」「昭和・安政南海地震の沈降域」の位置関係には強い相関があり、海底遺構が地震災害により形成された可能性を示唆しています。「黒田郡」にまつわる海底遺構は、学術的興味に加え一般の関心も高く、1960 年代から大学や有志により調査が行われてきました。しかし、従来の調査・報告は調査記録が不十分で、遺構に相当する対象物が人工物か、また、どの時代にどのようなプロセスを経て形成されたか、科学的な議論・考察が行われることはありませんでした。

高知県土佐清水市爪白海岸の海底にも人工的に加工された様相をもつ石柱が確認されており、本研究では同石柱の起源と黒田郡との関連性を地球科学的な分析手法により調査を行いました。

4.成果

爪白海岸を潜水調査した結果、28基の石柱を爪白海岸から200m以内の海底(水深5~8m)で確認することができました(図2)。石柱は長さ0.5~1.5m一辺0.2mの大きさで特徴付けることができました。そのうち、4基の石柱を回収して、高知コアセンター()の分析機器を用いて岩石物理化学的性質を測定しました。X線CT測定を実施した結果、斜めに連続的に深く削られたような跡が認められました(図3)。愛知県岡崎市の伝統工芸士の鑑定も踏まえて議論した結果、タガネなどの道具で削られた整形痕(削り模様から右利きの石工と推定)であることがわかりました。また、界隈集落を探索した結果、爪白地区の神社境内の石段や住宅の基礎として使用されている石柱が海底の石柱と同じ大きさで、かつ同じ整形痕があることを発見しました(図4)。さらに、土佐清水市の斧積地区と三崎地区にまたがる山中で、閉鎖した石切場を確認し、制作途中の石柱を確認することができました。

加えて、薄片による微細構造を観察したところ、爪白海底石柱は三崎層群竜串層砂岩と類似した微細組織と構成鉱物を示したため、石柱の起源は竜串層由来であると予想することができました。そこで本確証を得るため、海底石柱と竜串層砂岩だけでなく、その起源となりそうな岩石及び近隣集落で使用されていた石造物について岩石物理化学的性質の測定を行い、定量的な比較を行いました。その結果、間隙率、固体密度、及び主要構成鉱物量比について、海底の石柱は竜串層砂岩だけでなく、それ以外の岩石も類似した特徴を示しました。さらに、ポータブルXRFによる元素濃度分析データを用いて主成分分析を行った結果、海底の石柱は竜串層砂岩、爪白地区の石造物及び石切場跡の廃材と非常に高い類似性を示しました(図5)。以上の結果は、爪白石柱群が三崎地区の閉鎖した石切場で加工され、爪白地区で石段・住宅の基礎として利用された後、海底に運ばれたことを示唆しています。

この爪白石柱群の一番の謎は、陸上の石造物がどのようなプロセスを経て海中に水没・沈降したかにあります。そこで、石柱表面に付着している珊瑚や炭酸塩鉱物の炭素同位体年代測定を実施した結果、1950年代よりも若い年代結果となりました。文献等の調査では、石柱は1970年代後半にはすでに海底に沈んでいたと考えられています。1707年に発生した宝永地震で、この地域はおおよそ10m近くの高さの津波の被害をうけており、爪白集落は平ノ段へと高台移転しました。また、高知県西部では1970年に発生した台風をはじめ、1960年~70年代にかけて台風による高波・水害が発生しています。つまり、この地域で過去に発生した地震・台風災害の記録をつきあわせると、爪白集落で利用されていた石柱は宝永地震、もしくは安政地震の津波で爪白沿岸の海中まで流され、そのとき同時に土砂が覆い被さったと考えられます。そして後年、台風による高波により土砂が流され、海底表層に表れた石柱表面に生物が付着し、若い年代を示したということが推測されます。石柱の大きさ・重量のデータからも石柱は過去に発生した津波のエネルギーで移動する可能性があることもわかっています。

5.今後の展望

本結果で示したように、水没した人工物・構造物の来歴を科学的に迫ることで歴史自然災害の記録・規模を評価できるようになるかもしれません。高知県では、その災害規模から南海地震への備えに重点が置かれがちですが、台風・高波による水害に対しても普段からの備えが大切だということを爪白石柱は物語っています。また、土佐清水市は土佐清水ジオパーク推進協議会(https://tosashimizu-geopark.jp/)を中心にジオパーク計画を進めています。本研究成果は自然災害と人々の生活の営みを学ぶ教材として、ジオパーク計画に活用できると期待されます。

本研究成果は残念ながら、「黒田郡」の場所や真偽を特定するに至っていません。現在、爪白・竜串以外にも高知県の野見湾、浦ノ内湾、柏島沿岸部、南国市十市沖の4地点にて調査を実施しており、引き続き「黒田郡」の謎に迫っていきます。

【補足説明】
※ 高知コアセンター:JAMSTECと高知大学が共同で運用する研究施設の統一名称(愛称)。
  センターHP:http://www.kochi-core.jp/

図1

図1 黒田郡伝承と海底遺物・構造物の情報が確認されている地域。いずれも南海地震後に沈降する地域という共通性がある。


図1

図2 (左)爪白海岸海底で確認した石柱群。(右)爪白石柱群の分布および分析した試料の位置。潜水により全部で28基の石柱を目視確認した。


図1

図3 X線CT画像による石柱の表面構造。アルファベットは石柱各表面の位置関係を示す。


図1

図4 爪白石柱群と類似した形状を持つ海岸近傍で確認した石造物。(a)爪白地区覚夢寺阿弥陀堂の石段(b)平の段築の日吉神社の石段。(c)爪白地区と(d)浜益野地区の民家の建屋基礎


図1

図5 pXRFを用いた多元素成分濃度測定による主成分分析プロット。


爪白海底に沈んだ石柱が物語る高知県の津波地震・巨大台風災害の記録

お問い合わせ先:

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 高知コア研究所
 主任研究員 谷川 亘 電話:046-867-9717 E-mail:tanikawa@jamstec.go.jp
(その他)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 管理課
 電話:088-864-6705  E-mail:kochicore@jamstec.go.jp

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