今回の研究紹介は、生物が光合成をするための装置(タンパク質や色素)をどのような順序で作っていくのか?という問題に迫った研究内容についてです。
植物が昼間に光合成をして夜には呼吸をすることは、よく知られた話だと思います。一方で、『光合成細菌』という生物は多種多様であり、呼吸をしない種もありますが、今回は植物と同様に呼吸も光合成もできる細菌種を対象として、暗条件から明条件への移行期における光合成関連タンパク質が合成されていく様子を解析しました。
この研究は、超先鋭研究開発部門所属の4名によるもので、近年JAMSTECに導入された超高分解能質量分析計の使用をメインに据えプロテオーム解析を行ったものとしては当研究所初の論文となります。
発表された論文はこちら↓
Proteomic Time-Course Analysis of the Filamentous Anoxygenic Phototrophic Bacterium, Chloroflexus aurantiacus, during the Transition from Respiration to Phototrophy.
Kawai S, Shimamura S, Shimane Y, Tsukatani Y.
Microorganisms 2022, 10, 1288.
光合成細菌は植物や藻類とは異なり、酸素を発生しない光合成『酸素非発生型光合成』を行います。
植物などの『酸素発生型光合成』をする生物は、光合成電子伝達を駆動させるための電子源として水を利用します。その過程で水が分解され、酸素が生じます。
(2H2O → 4H+ + O2 + 4e-)
一方で光合成細菌は、電子源として水ではなく、(種によりますが)硫化物や鉄や有機物などを利用するため、酸素が発生しないのです。
光合成細菌は、生物分類上、8つの門*注1に渡って発見されており、非常に多様性に富んでいます。少し専門的になりますが、8つの門は、Chloroflexota, Candidatus Eremiobacterota, Gemmatimonadota, Pseudomonadota, Acidobacteriota, Bacillota, Chlorobiota, そしてCyanobacteria です。これらの門ごとの光合成細菌グループは、それぞれに異なる光合成様式を持っていますが、大きく分類すると3つに大別できます(詳細は図1をご覧ください)。
今回の研究に使用したのは、Chloroflexota 門に分類される Chloroflexus aurantiacus という属種です。C. aurantiacus は世界各地の温泉に生息しており、現在見つかっている中では最も高温に適応した光合成細菌です。温泉は高温・貧栄養といった古地球環境と似た性質があるため、そこに生育する C. aurantiacus は光合成の進化を探る上で重要な微生物としてこれまで注目を集めてきました。
C. aurantiacus の特徴の1つとして、『クロロソーム』と呼ばれる、細胞膜の内側に接着する巨大なアンテナ器官を持つ点が挙げられます(図2)。なおクロロソームは、8つの門のうち、Chloroflexota, Chlorobiota, Acidobacterota に共通するアンテナ器官です。
クロロソームは、糖脂質とタンパク質の膜で囲われた嚢状であり、その内部にはバクテリオクロロフィル c(BChl c)という色素の会合体が大量に含まれています。この光捕集システムは、光合成生物の中でも最も光エネルギー伝達効率が高いと言われており、次世代の人工アンテナ装置開発に向けた応用研究も盛んに行われています。
クロロソームのBChl c 色素で捉えられた光エネルギーは、『ベースプレート』という蛋白質構造体を経由して、『反応中心』という蛋白質複合体に伝わり、反応中心で電子伝達が始まることによって、生育に必要な化学エネルギーに変換されていくことになります。
ベースプレートや反応中心には、クロロソームにあるBChl c とは異なるBChl a という色素が結合しています(図2)。つまり C. aurantiacus は、2種類の異なる色素を生体内で合成するための酵素タンパク質をそれぞれ持っていて(一部は共通)、現在までに全ての合成酵素は同定されています。
このように、光合成反応を駆動するための装置には様々な光合成関連タンパク質が必要であることが分かっていますが、それらが細胞内でどのように順次発現し光合成装置を組み上げるのかについては、これまでよく分かっていませんでした。
光合成装置の組み上げに必要な光合成関連タンパク質の発現機序は、光合成だけを行う生物ではなかなか解析ができません。そもそも生きるために光合成関連タンパク質を常に発現しているからです。
一方 C. aurantiacus は光合成条件(嫌気・明所)で生育できるだけでなく、呼吸条件(好気・暗所)でも生育できます。2つの条件でそれぞれ培養した C. aurantiacus は、それぞれ細胞の状態が大きく異なっており、光合成モード時の吸収スペクトルを測定すると、740nm付近にクロロソームに含まれるBChl c 由来の吸収ピークが見られます(図3:緑線)。しかし呼吸モード時では740 nmのピークが見られないことから(図3:橙線)、光合成しないときは光合成装置を当然つくらないという事がわかります。そこで、光合成装置が無い呼吸モードの細胞が、どのように光合成モードに変わるのか?という観点から、その移行期の発現タンパク質の変化を解析すれば、光合成装置をイチから作るための仕組みやプロセスが明らかになるのではないかと考えました。
図4は培養実験の流れを示しています。まず遮光した大容量(10L)のジャーファーメンターを用いて C. aurantiacus を呼吸条件で前培養しました。通気・撹拌し続けることで十分な酸素を送り込み、細胞の状態を安定させています。3日間の培養後、気相のガスを窒素に置換して密栓し、酸素を少しだけ(10%)添加してから*注2、光を当てて光合成培養をスタートしました。光合成培養開始後、経時的にジャーファーメンターから培養液の一部を分取し、吸収スペクトルの測定、発現タンパク質の解析、色素組成の分析を行いました。
呼吸モードの C. aurantiacus を光合成条件に移すと、細胞はどのように変化していくのでしょうか。図5に示しているのは、培養液の細胞量の変化(左図)と総色素量の変化(右図)です。光合成条件に移した直後の細胞は細胞分裂をせず(“準備期”)、しばらく経ってから増殖を再開することがわかりました。増殖を始めるタイミングで、色素量は急激に増加することもわかりました。
C. aurantiacus はゲノム上に約3900個の遺伝子を持っています。本研究ではJAMSTECにある高感度な質量分析計を使用することで、全遺伝子の3分の2にもなる約2600種類もの遺伝子に由来するタンパク質を検出することに成功しました。また、光合成に関わるタンパク質もほとんど検出できていることがわかりました。
図6は光合成に重要な反応中心・クロロソーム・BChl合成に関わるタンパク質群の発現量の変化を示しています。反応中心(Pufタンパク質)とクロロソームタンパク質(Csmタンパク質)は細胞増殖が始まる少し前(明所培養10日頃)から発現量が増加し、培養終了まで継続的に発現量が増加していきました。一方BChl c とa を合成するタンパク質は発現増加のタイミングはPuf, Csmタンパク質とほとんど同じですが、増殖し始めてからすぐに(培養14日目)発現量が最大になり、それ以降は維持または減少する傾向がありました。
C. aurantiacus は2つの色素(BChl a とc)にそれぞれ専用の合成酵素を持っているので、それぞれをピックアップして同様に発現変動を解析したところ、BChl a 専用酵素では培養12日あたりで、BChl c 専用酵素では培養14日目あたりで発現量が最大になっており、発現機序にズレがありました。つまり光合成モードになった細胞では、増殖初期に色素を一気に合成し、さらにBChl c よりもBChl a の方を先に合成すると考えられました。PufそしてCsmタンパク質は色素量の増加が止まっても継続して合成されることから、ある程度出来上がった光合成装置に追加挿入される、および/もしくは合成された色素を有効活用しながらタンパク質のターンオーバーが起きていることが示唆されました。
ここまでプロテオーム解析手法によってBChl a 専用酵素のほうがBChl c 専用酵素よりも少しだけ先に発現量が最大になることがわかりました。そこで、実際に C. aurantiacus の細胞から色素を抽出して、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて成分組成を詳細に解析しました。
図7は、左側がBChl c を効率よく検出できる波長(667 nm)、右側はBChl a を効率よく検出できる波長(768 nm)におけるHPLCクロマトグラムになっています。BChl c は8日目には検出することができています。一方、BChl a は12日目以降に初めてピークが検出されています。つまり、呼吸から光合成に移行する C. aurantiacus 細胞内では、BChl a よりも先にBChl c が合成・蓄積することが示され、プロテオーム解析の結果とは異なる結果になりました。これは、BChl c 専用酵素の方がBChl a 専用酵素に比べ少量でもよく働くことで、発現量がまだ少ない時期でもBChl c を生産出来ているのかもしれません。もしくは、BChl c はクロロソーム内部に蓄積しますが、BChl a は反応中心やベースプレートに結合する、といった色素の局在性の違いが原因かもしれません。
以上の結果をもとに、図8のような C. aurantiacus の光合成装置の形成プロセスを考案しました。
今回の研究によって、C. aurantiacus の光合成装置はBChl c の蓄積にはじまり、未成熟な光合成装置の合成、そして成熟というプロセスを経て組み立てられるというモデルを提唱しました。これは呼吸から光合成モードへの移行期に着目し、細胞内の発現タンパク質や色素の経時変化を逐次的に解析したからこそ得られた成果です。更に研究が進み光合成タンパク質間の相互作用などが明らかになれば、生物由来の集光デバイスの応用に繋がっていくと考えています。
今後は、電子顕微鏡を駆使した細胞内の観察や、分子遺伝学的手法を開発することで、光合成装置の発達プロセスの詳細な分子メカニズムを明らかにしていきたいと考えています。