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平成15年度海洋科学技術センター委託
海洋調査観測活動に伴う海洋環境に対する影響調査報告書
―海中音響の海産哺乳動物への影響に関する研究動向―

5.Lamont-Doherty Earth Observatory による捕獲調査申請の内容

LDEO(Lamont-Doherty Earth Observatory)はコロンビア大学の下部機関で世界的権威のある研究所であるが、ここで紹介するものは、Request by Lamont-Doherty Earth Observatory for an Incidental Harassment Authorization to Allow the Incidental Take of Cetaceans and Pinnipeds during Marine Seismic Program in the Hess Deep Area of the Eastern Tropical Pacific Ocean, March-April 2003、と題する2003年1月30日付け文書で、提出者はLDEO、提出先はNMFS(いわゆるNOAA Fisheries)のOffice of Protected Resourcesである。

5−1.背景

LDEOは、コロンビア大学の下部機関で、全米科学財団(NSF:National Science Foundation)の許可協力の下、同財団所有の調査船モーリス・イーウィング号(Maurice Ewing)を運航している。LDEOは、MMPA(海産哺乳類保護法:Marine Mammal Protection Act)101章(a)(5)(D)、16U.S.C.§1371(a)(5)に従い、2003年に計画している地震探査と音響調査において、海産哺乳類(クジラ類および可能性としては鰭脚類)の非致死性捕獲の許可証、IHA(Incidental Harassment Authorization)、の発給を求めるものである。

現段階でのスケジュールでは、2003年3〜4月、ガラパゴス諸島600マイル西方のヘス海溝(Hess Deep)の東部熱帯太平洋(ETP; Eastern Tropical Pacific Ocean)、において地震探査を実施する予定である。また、LDEOは、現在、2003年5月下旬から6月上旬までの間、メキシコ湾においてエアガンによる音響調査の実施の可能性を検討中である。これは、ヘス海溝もしくは将来的な地震探査で適用するための安全半径(safety radii)を検証するためのものである。

この要請書においては、実施される調査観測の具体的内容、海産哺乳動物に対する影響可能性を緩和するための提案方策、そしてこれらの海産哺乳動物に与える影響のモニタリング計画、からなっている。なお、太平洋のこの海域では捕鯨活動は行われていないので、それと地震探査とのあいだの競合緩和措置は必要ではない。

この地震探査は、太平洋の公海上で行われるもので、アメリカの領海および排他的経済水域内では行われるものではない。このプロジェクトの目的は、この海域における大陸プレートの動きを調査することにある。他方、このヘス海溝の海域には、アメリカのESA(絶滅の危機に瀕する種に関する法律)に掲げられている種を含むクジラ類が生息している。 鰭脚類もたまにではあるが遭遇することが想定される。そこで、LDEOでは、計画している調査活動の期間中、そこに生息する海産哺乳動物に対する影響を最小限にするとともに、その実際および今後の影響に関する記録をとることも含めた、緩和措置およびモニタリングを提案しているわけである。

なお、この調査海域であるヘス海溝近海には、27種のクジラ類が分布している。この中でも、マッコウクジラ、ザトウクジラ、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラはESAに絶滅危惧種として記載されている。また、2種類の鰭脚類も記載されているが、この海域での分布は稀である。

以下、「Z.Anticipated Impact on Species and Stocks; Effects of Seismic Survey(pp.40-54)」の部分を中心に抄訳、紹介する。

5−2.地震探査の影響

地震探査の影響として考えられるのは、(1)マスキング(masking:鳴き声を発することを遮断する)、(2)ディスターバンス(disturbance:自然な挙動を妨害したり、変化させたりする)、(3)聴覚能力喪失の潜在的可能性および他の身体的影響、である。

(1)マスキング(鳴き声を発することを遮断する)

海産哺乳動物の鳴き声や自然の音を遮断させてしまうマスキングの影響は、きわめて限定的と考えられる。例えば、このプロジェクトにおける地震波は、20秒もしくは60〜90秒間隔で1秒以内という短いパルスが発振されるのみである。マルチビームソナーでは、水深にもよるが、1〜15秒間隔で1〜10msecの短いパルスが発振される。この地震波が出ている時に何種類かの鯨類は歌を歌い続けることが知られている(e.g., Richardson et al. 1986, McDonald et al. 1995, Greene et al. 1999)。調査船からかなり離れた所でパルスに曝された時、マッコウクジラが鳴くのを止めたというたった一つの事例があるものの(Bowles et al. 1994)、近年の研究では地震波の存在にもかかわらず歌い続けることが知られている(Madsen et al. 2002)。地震波によるマスキングの影響は、無視できる程のものと考えられる。

(2)ディスターバンス(自然な挙動を妨害したり、変化させたりする)

ディスターバンスとは、わずかな挙動変化から、活動のより顕著な劇的変化、そして移動逃避(いなくなる)、といった幅広い意味を持っている。ディスターバンスは、このプロジェクトの主要な関心事項の一つである。1994年のMMPAの改正時における条文では、地震探査による海中音(ノイズ)は、ある種の海産哺乳動物にとって“レベルB”のハラスメント(harassment)を生じさせるとしている。この“レベルB”のハラスメントの定義は、“回遊、呼吸、授乳(nursing)、繁殖(breeding)、給餌(feeding)、防護(sheltering)などを含む、しかしこれだけにとどまらない、挙動パターンの瓦解(disruption)”、となっている。

地震探査によって海産哺乳動物がどの程度の生物学的影響を受けるかを評価するための海中音の基準は、この研究の間に予定している数種類の挙動観測にもとづいている。しかしながら、多くの種については情報や知見が欠如しているものの、エアガンによる海中音による海産哺乳動物の挙動変化についての研究が進められつつある。ザトウクジラ、コククジラ、ホッキョククジラ、そしてワモンアザラシについては充分な知見があるが、他のヒゲクジラ類、マッコウクジラ、そして小型ハクジラ類に関する知見は極めて少ない。

ヒゲクジラ類は、概してエアガン付近を避ける傾向があるものの、避ける範囲に関しては全く様々である。数km先の範囲であっても(周囲への音はかなり長距離まで伝播する)、エアガンのパルスに顕著な反応を見せない事例もしばしばある。しかしながら、近年のザトウクジラ、そして特にホッキョククジラに関する研究では、初期に記録された距離よりも遠くへと音を避ける傾向が見られる。この逃避行動は、船から見えなくなるほどの距離であるため、船からの観察にバイアスがかかっているとも考えられている。何種類かのヒゲクジラ類では、地震探査の音に寛容なものもいる。しかしながら、そのパルスが充分に強い場合、逃避行動や他の行動変化が見られる。受ける音のレベルが小さくなる程、その逃避する最大の距離(もしくは受ける音のレベルの最小値)を決定することが難しくなり、ゆえに、何頭のクジラが影響を受けたかの確定も難しくなる。

コククジラ、ホッキョククジラ、ザトウクジラの研究結果によると、160〜170dB re 1μPa (rms)レンジで明らかに逃避行動を見せるようになる。いくつかの海域では、音源から4.5〜14.5kmでこの音量になる。つまり、この距離のヒゲクジラ類は、逃避行動をとるか、他の強いディスターバンス行動を見せる。

イルカ類はしばしば地震探査船のすぐそばでしばしば見ることができる(たとえば、bow riding)。しかしながら、特にイギリスにおける調査では、逃避行動が見られている。これとは対照的に、マッコウクジラの逃避行動反応の証拠は見られていない。地震探査に関わるアカボウクジラのはっきりとした反応の情報もないが、ソナーからの強いノイズに曝された後、アカボウクジラが座礁するという例は増えている。

鰭脚類の場合、目視観察によると、地震探査におけるエアガンで若干の逃避行動と挙動変化が見られている。これらの調査によると、エアガンの傍から数100mではしばしば逃避しないことがある。しかし、テレメトリー調査の結果、目視調査によって観察されたものよりも、逃避や挙動変化はより強いのではないかということを示唆している。

(3)聴覚能力喪失の潜在的可能性および他の身体的影響

海産哺乳動物が非常に強い海中音に曝されたときは、一時的あるいは恒久的な聴覚能力の喪失の可能性がある。恒久的な聴覚能力の喪失を引き起こすにたる最低音圧は、かろうじて検知できる一時的限界シフト(TTS: Temporary Threshold Shift)ヲもたらす音圧よりも高い。現段階のNMFS(NOAAの海洋漁業局)の高レベルの音圧に海産哺乳動物を曝すことに関する方針としては、クジラ類および鰭脚類はそれぞれ180 dB re 1 μPa と、190 dB re 1 μPaのパルス音に曝さないこと、である(NMFS 2000)。

このプロジェクトでは、エアガン(およびマルチビームソナー)近くでの海産哺乳動物を検知し、聴覚障害をおこすかもしれないパルスに曝されないようにするための、モニタリングおよび影響緩和措置について、いくつか準備されている。実際には、地震探査が行われている海域ではクジラ類は回避行動を示すことが多いので、聴覚障害を起こす可能性は回避されるか減少するものといえる。

音以外の身体的損傷の可能性は、やはり強い海中音に曝される場合に考えうる。理論的には、ストレス、神経学的な影響、気泡の形成、共鳴効果、器官や細胞組織の損傷といったその他のタイプがあげられる。

<座礁と死亡率>

海産哺乳動物は、水面下で爆発音に曝されることがあり、これによって時には死亡したり、重傷を負ったり、もしくは聴覚障害を受けることがある(Ketten et al. 1993, 1995)。しかしエアガンパルスは、エネルギーも低く、立ち上がり速度も遅い。そして、これまで重症、死亡、座礁を負わせたなどの証拠は出ていない。しかし、アカボウクジラ類が軍事用ソナーの影響で座礁した可能性もあるので、LDEOの地震探査では特にこの種の影響を引き起こすかもしれない。

−アカボウクジラの事例1

2000年3月、バハマのプロビデンス水路において、アカボウクジラが座礁した。これは、中周波ソナーによって、強く頻度の高いパルスに曝されたためである(NOAA and USN 2001)。

−アカボウクジラの事例2

他の軍用ソナーが関係してアカボウクジラが座礁したという事例が、Simmonds and Lopez-Jurado(1991)、Frantzis(1998)などによって報告されている。これらの事例では、音によって聴覚やその他の器官が傷害を受けたかどうかについては結論を出していない。

−アカボウクジラの事例3

この他には、2002年9月24〜25日、カナリー諸島(Canary Islands)においてアカボウクジラ15個体が座礁するという事例があった。ここでは、海軍の大演習が行われていた。

−アカボウクジラの事例4

2002年9月、メキシコのカリフォルニア湾において2個体のアカボウクジラが座礁した。このとき、LDEO/NSFの調査船モーリス・イーウィング号がこの海域を全体的に調査していた(Malakoff 2002)。使用されていたエアガンは、20-gun、8490−in3アレーである。この事例は、海軍のソナーによる影響と疑われるものと類似したものとして、少なくともアカボウクジラに、地震探査が影響をおよぼしうることを示唆した最初の事例である。しかしながら、地震探査とカリフォルニア湾での座礁とを結びつける証拠は、はっきりとしていないし、現時点では、身体的証拠にもとづくものではない(Hogarth 2002, Yoder 2002)。この船は、同時にマルチビームソナーで水深測量を行っているが、このソナーがアカボウクジラに影響をおよぼす危険性は前述の海軍ソナーよりはるかに小さい。カリフォルニア湾における座礁と地震探査(マルチビームソナーを同時に実施)の関係ははっきりしていないが、これに軍事用ソナーの使用に“伴う(associated with)”アカボウクジラの座礁を含む出来事がプラスされるので、アカボウクジラが多く生息している海域においては、地震探査の実施には注意が必要であることを示唆している。

<音以外による生理学的な影響(Non-auditory Physiological Effects)>

理論的には、ストレス、神経学的な影響、気泡の形成、共鳴効果、器官や細胞組織の損傷といったその他のタイプがあげられる。エアガンからの海中音に曝された海産哺乳動物がこうした影響を受けたという証拠はこれまで報告されていない。しかし、これらの影響があるかどうかを直接的な主題にした研究は行われたことがない。もしこれらの影響が及ぼされるとするならば、おそらく狭い距離内で異常なほど長期間曝された場合の、通常ありそうもない状況下に限られるであろう。

長期間、人間の使用する機械が発する音に曝されることは、個体の健康状態や繁殖能力、ひいては(理論的には)その個体群の総資源量(人口)、に影響をおよぼすかもしれない(Gisner [ed.] 1999)。しかしながら、海産哺乳動物が海中音に誘発されたストレスを受けた、という本質的な情報はまだない。また、単一の個体が、ストレスにまで発展しそうなほど長期間、強い地震探査の海中音に曝され続けるということは考えにくい。

また、潜水を行う海産哺乳動物は、SCUBAを用いて圧縮空気を呼吸する人間のダイバーとは異なり、ベンズ(減圧症)やエアーエンボリズム(空気栓塞症)とは無縁である。これは、吸い込む空気が水面における圧力(1気圧)でしかなく、水中では余分な空気を吸い込む機会がないからである。しかし、高い海中音の音圧は、潜水する哺乳類の血液に気泡を作る可能性があり、これが結果としてエアーエンボリズムや細胞組織の剥離、神経細胞への局部的圧迫につながる可能性もありうる(Gisner 1999, Houser et al. 2001)。

最近開かれたワークショップ(Gentry 2002)では、2000年バハマで起こったアカボウクジラの座礁は、軍事用ソナーによりう海中音に曝されたことによる空洞共鳴(air cavity resonance)もしくは気泡の形成と関係があったのであろうという議論がなされた。しかし、専門家によるパネルディスカッションでは、空気が満たされた器官での共鳴は座礁を引き起こしそうもない、という結論が出されている。その他の理由としてあげられているものの中には次のようなものがある。つまり、海産哺乳動物の体内にある空気で満たされた器官は、中・低周波のソナーによって共鳴が起きるには大きすぎること。アカボウクジラ類のどの集団座礁事件においても、肺細胞が損傷を受けていたという観察事例はないこと。そして、ソナーでの発振音(ping)が発振される間隔は、細胞組織に損傷を与えるような振動を引き起こすにはあまりに短すぎること、などである(Gentry 2002)。バハマにおけるアカボウクジラの座礁について、窒素ガスによる気泡の形成・成長が原因であるとする説はほとんどなかった。ただ、ワークショップ参加者は、座礁における気泡の形成・成長の役割について、その可能性までは排除しなかった。むしろ、調査の継続を行うべきだということで合意したのである。海産哺乳動物において海中音響によって気泡が形成されるという唯一の入手可能な情報というのは、音に曝される時間を長くするという仮定にもとづくモデリングのみである。

(この部分の内容は、Request by Lamont-Doherty Earth Observatory for an Incidental Harassment Authorization to Allow the Incidental Take of Cetaceans and Pinnipeds during Marine Seismic Program in the Hess Deep Area of the Eastern Tropical Pacific Ocean, March-April 2003、のなかの、Z.Anticipated Impact on Species and Stocks; Effects of Seismic Survey(pp.40-54)の部分を大幅に抄訳したものである。)