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プレスリリース

2022年 9月 12日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

西南極の海氷に見られる十年規模変動の予測精度が向上
―海洋と海氷の観測データが重要な役割―

1. 発表のポイント

大気海洋結合モデルの海洋と海氷について、実際の観測データに近づけて(これを「初期化」という。以下「初期化」と表記)予測実験を行うことで、過去に観測された西南極の海氷に見られる十年規模変動を精度良く予測することが可能となった。
アムンゼン・ベリングスハウゼン海ではモデルの水温と塩分の初期化が、ウェッデル海ではモデルの海氷密接度の初期化が、海氷の予測精度の向上にそれぞれ寄与していた。
この予測実験から、アムンゼン・ベリングスハウゼン海では、2000年代後半から東向きの海流(南極周極流という)が強化され、海氷の移流と水温の低下によって海氷が増加していることが明らかになった。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門アプリケーションラボの森岡 優志 副主任研究員らは、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて、大気海洋結合モデルSINTEX-F2(※1)の海洋と海氷を初期化した過去再予測実験※2(以下「予測実験」とする)を行うことで、過去に観測された西南極の海氷に見られる十年規模変動を精度良く予測できることを実証しました。

地球温暖化の影響を受けて減少する北極海の海氷と異なり、南極海の海氷は過去数十年でわずかに増加する傾向を示しています。海氷の増加には様々な原因が報告されていますが、10年以上のゆっくりとした周期をもつ海氷の十年規模変動が関わっていることが示唆されています。しかし、先行研究では大気海洋結合モデルを用いて、過去に観測された南極海の海氷の十年規模変動を精度良く予測することは極めて困難でした。

原因の一つとして、大気海洋結合モデルの海洋や海氷の初期値が観測値と異なることが挙げられています。南極海には、人工衛星による海面水温や海氷密接度(海氷が海面を覆う割合)の観測データが1980年代から存在しています。しかし、他の海域に比べて、南極海では海洋内部の観測が少ないため、先行研究ではモデルから得られた観測の推定値(再解析値という)などを初期値として予測実験を行っており、精度の高い予測が難しい面がありました。2000年代後半からアルゴフロート(自動昇降型漂流ブイ)などの無人観測システムの開発・導入により、海洋内部の水温や塩分などの観測データが増えつつあり、こうした近年の観測データを大気海洋結合モデルの初期値に取り込むことで、海氷の予測精度が向上する可能性があります。

そこで本研究では、欧州地中海気候変動センター(CMCC)と協力して、SINTEX-F2モデルの海面水温、海氷密接度、海洋内部の水温と塩分を1980年代から近年まで観測データで初期化して実験を行うことで、アムンゼン・ベリングスハウゼン海の海氷を最も精度良く予測することができました。特に、2000年代後半から東向きの南極周極流が強化され、海氷の移流と水温の低下によって海氷が増加する様子をモデルが捉えておりました。

本研究の成果は、西南極の海氷に見られる十年規模変動の予測には、大気海洋結合モデルの海洋と海氷を観測データで初期化することが重要であることを示しています。海氷の予測精度をさらに向上させるためには、南極海の海洋と海氷の観測を強化する必要があります。これらの知見は、南極海だけでなく、北極海の海氷に見られる十年規模変動の予測研究にも応用されることが期待されます。

本成果は、「Communications Earth & Environment」に9月12日付け(日本時間)で掲載される予定です。また、本研究の成果は、日本学術振興会科学研究費補助金(若手研究19K14800JP, 基盤研究(C)22K03727)の支援を受けております。

タイトル:
Decadal Sea Ice Prediction in the West Antarctic Seas with Ocean and Sea Ice Initializations
著者:
森岡 優志1、Dorotea Iovino2, Andrea Cipollone2, Simona Masina2, Swadhin K. Behera1
所属:
1. 海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ
2. 欧州地中海気候変動センター 海洋データ同化部門
DOI:
10.1038/s43247-022-00529-z

3. 背景

地球温暖化の影響を受けて減少する北極海の海氷と異なり、南極海の海氷は過去数十年でわずかに増加する傾向を示しています。海氷の増加には様々な原因が報告されていますが、南極海の海氷には10年以上のゆっくりとした周期をもつ十年規模変動が見られ、海氷の十年規模変動が海氷の増加に寄与していることが示唆されています。海氷の十年規模変動は西南極(西経180度から0度)で大きく、ロス海ではアムンゼン低気圧の強化に伴って南極大陸から冷たい風が強まり、2000年以降に海氷が増加していることが報告されています。また、ウェッデル海では局所的な風の影響に加えて、時計回りの海洋循環(ウェッデル循環という)が強化されることで水温が低下し、海氷が増加することが指摘されています(2021年 8月 23日既報)。

西南極の海氷に見られる十年規模変動の物理プロセスについて、これまで数多くの研究が行われてきましたが、十年規模変動の予測可能性については十分に調べられておりません。先行研究によると、地球温暖化などの研究で用いられている大気海洋結合モデルの多くは、これまで観測されてきた南極海の海氷の増加を再現できておらず、南極海の海氷を数年先までしか予測できないことが報告されています。

原因の一つとして、大気海洋結合モデルの海洋や海氷の初期値が観測値と異なることが挙げられています。南極海には、人工衛星による海面水温や海氷密接度(海氷が海面を覆う割合)の観測データが1980年代から存在しています。しかし、他の海域に比べて、南極海では海洋内部の観測が少ないため、先行研究ではモデルから得られた観測の推定値(再解析値という)などを初期値として予測実験を行っており、精度の高い予測が難しい面がありました。一方、2000年代後半からアルゴフロート(自動昇降型漂流ブイ)などの無人観測システムの開発・導入により、海洋内部の水温や塩分などの観測データが増えつつあり、こうした海洋の観測データを統合した全球の海洋データベースが近年公開されています(参考)。こうしたオープンデータを大気海洋結合モデルの初期値に取り込むことで、海氷の予測精度が向上する可能性があります。

そこで、本研究では、大気海洋結合モデルの海洋と海氷を初期化して予測実験を行うことで、過去に観測された西南極の海氷の十年規模変動をどれくらい先まで精度良く予測できるか評価し、物理プロセスを調べることを試みました。

4. 成果

図1は大気海洋結合モデルから得られた、1−5年先と6-10年先の海氷の予測精度を示しています。ここで、予測の対象期間は1982年から2019年までとしており、予測精度は観測データの海氷密接度の平年差とモデルで予測された海氷密接度の平年差の相関係数(偏差相関係数という)を用いています。偏差相関係数の値が大きいほど、予測精度が高いことを意味しており、偏差相関係数の2乗は、モデルが観測の海氷密接度の変動を予測できる割合を示します。例えば、偏差相関係数が0.8の場合、モデルが観測の海氷密接度の変動の64%を予測できることを表します。

モデルの海面水温のみを初期化した標準実験に比べて(図1a, d)、モデルの海面水温と海氷密接度を初期化した海氷初期化実験が(図1b, e)、1−5年先と6-10年先のウェッデル海の海氷を精度良く予測していることが分かります。また、海氷初期化実験に比べて(図1b, e)、モデルの海面水温、海氷密接度、海洋内部の水温と塩分を初期化した海洋・海氷初期化実験が(図1c, f)、1−5年先と6-10年先のアムンゼン・ベリングスハウゼン海の海氷を精度良く予測していることが分かります。

図1

図1 (a)大気海洋結合モデルを用いて、モデルの海面水温のみを観測データに近づけて(初期化して)から1−5年先の海氷密接度を予測した標準実験の予測精度。予測精度には、観測データの海氷密接度の平年差とモデルの海氷密接度の平年差の相関係数(偏差相関係数という;単位なし)を用いており、予測の対象期間は1982-2019年である。黒点は90%の信頼区間で有意な相関係数を表す。 (b)(a)と同様に、モデルの海面水温と海氷密接度を観測データで初期化した海氷初期化実験の結果。黒枠はウェッデル海。(c)(a)と同様に、モデルの海面水温と海氷密接度、海洋内部の水温と塩分を観測データで初期化した海洋・海氷初期化実験の結果。黒枠はアムンゼン・ベリングスハウゼン海。(d)(a)と同様に、標準実験における6−10年先の海氷密接度の予測精度。(e-f)(d)と同様に、海氷初期化実験と海洋・海氷初期化実験の結果。

次に、海氷の予測精度が高くなったアムンゼン・ベリングスハウゼン海とウェッデル海に注目して、予測精度を予測リード年(何年先を予測するか;1年先から10年先まで)ごとに示しました(図2)。アムンゼン・ベリングスハウゼン海では(図2a)、どの実験も予測リード2年に予測精度が落ちますが、予測リード4-6年に海洋・海氷初期化実験が最も高い精度を示しています。また、ウェッデル海では(図2b)、どの実験も徐々に予測精度が落ちていきますが、海氷初期化実験の予測精度が最も高く、予測リード8-9年に回復する様子が見られます。

図2

図2 (a)アムンゼン・ベリングスハウゼン海における海氷密接度の予測精度。横軸が予測リード年(何年先を予測するか;1年先(Y1)から10年先(Y10)まで)、縦軸が観測データの海氷密接度の平年差と予測された海氷密接度の平年差の相関係数(偏差相関係数という;単位なし)を示す。予測の対象期間は1982-2019年である。黒線は観測データ(の海氷密接度が1年先から10年先まで持続すると仮定した場合)、赤線が標準実験、青線が海氷初期化実験、緑線が海洋・海氷初期化実験の予測精度を表す。丸印は90%の信頼区間で有意な相関係数を表す。(b)(a)と同様に、ウェッデル海の海氷密接度の予測精度。

さらに2つの海域で海氷の予測精度が高くなった詳細を調べるために、海氷が多かった年代(2008-2017年)に着目して、海氷密接度の平年値との差(偏差という)を示しました(図3)。観測データに比べて(図3a)、標準実験は(図3b)、海氷密接度の偏差が小さいことがわかります。また、標準実験に比べて(図3b)、海氷初期化実験は(図3c)、アムンゼン・ベリングスハウゼン海とウェッデル海で正の偏差が大きくなっています。さらに、海氷初期化実験に比べて(図3c)、海洋・海氷初期化実験は(図3d)、アムンゼン・ベリングスハウゼン海で正の偏差が大きくなり、観測データ(図3a)に近くなっていることがわかります。

図3

図3 (a)海氷が多かった年代(2008-2017年)に観測された、海氷密接度(海氷が海洋を占める割合)の平年差(単位は%)。黒枠は本研究で対象としている、西南極のアムンゼン・ベリングスハウゼン海とウェッデル海。(b-d)(a)と同様に、大気海洋結合モデルによる標準実験、海氷初期化実験、海洋・海氷初期化実験の予測結果を表す。

次にアムンゼン・ベリングスハウゼン海における海氷の増加の原因を調べるために、海洋・海氷初期化実験から得られた、海氷の体積変化率の偏差を計算しました(図4a)。2009年から2017年まで海氷の体積変化率の合計(黒線)は正の偏差となっており、海氷の東西移流の効果(赤線)と鉛直方向のプロセス(大気や海洋からの加熱や冷却)などの効果(緑線)が寄与していることがわかります。海氷の東西速度を調べたところ(図4b)、正の偏差となっており、海氷がより多く東向きに移流されて南極半島の西側で収束し、海氷の増加に寄与していることが示唆されます。

一方、鉛直方向のプロセス(大気や海洋からの加熱や冷却)などの効果として、海洋表層(0-700m)の水温の偏差を調べたところ(図4c)、海氷下の密度が鉛直一様な層(混合層という)だけでなく混合層下部でも水温が平年より低くなっており、海氷の増加に寄与していることがわかります。また、海流の東西速度を調べたところ(図4d)、正の偏差となっており、東向きの南極周極流が強化されていることが示唆されます。

このことから南極周極流の強化に伴って、アムンゼン・ベリングスハウゼン海の西側から海氷がより多く移流されて南極半島の西側で収束した効果と、冷たい海水が移流されて水温が低下した効果の2つによって、海氷が増加したことが考えられます。

図4

図4 (a) 大気海洋結合モデルの海洋・海氷初期化実験より得られた、海氷が多かった年代(2008-2017年)のアムンゼン・ベリングスハウゼン海における、海氷の体積変化率の平年差(単位は1011 m3 s-1)。黒線が変化率の合計、赤線が海氷の東西移流の効果、青線が海氷の南北移流の効果、緑線が鉛直方向のプロセス(大気や海洋からの加熱や冷却)などの効果を表す。(b)(a)と同様に、海氷の東西速度の平年差(単位は10-2 m s-1)。挿絵は南極海の海氷(青色)と南極周極流(矢印)の模式図。(c)(a)と同様に、表層(0-700m)の海水温の平年差(単位は°C)。黒線は混合層(密度が海面から鉛直一様な層)の深度を表す。(d)(c)と同様に、海流の東西速度の平年差(単位は10-3 m s-1)。

5. 今後の展望

本研究では、大気海洋結合モデルの海洋と海氷を観測データで初期化することで、過去に観測された西南極の海氷に見られる十年規模変動を精度良く予測できることを実証しました。アムンゼン・ベリングスハウゼン海ではモデルの水温と塩分を、ウェッデル海ではモデルの海氷密接度を、それぞれ観測データで初期化して予測実験を行うことで、過去に観測された十年規模変動の予測精度が向上することがわかりました。特に、アムンゼン・ベリングスハウゼン海では、2000年代後半から東向きの南極周極流が強まり、西側から海氷の移流と冷たい海水の移流による水温の低下により、海氷が増加することがわかりました。しかし、モデルから推測される南極周極流の強化の原因について、よく分かっておりません。先行研究では観測データを用いて西南極で南極周極流の南下が報告されています(参考: 2021年6月14日既報)が、西南極での南極周極流の強化について、今後観測データやモデルを用いた実験などで調べる必要があります。

本研究の成果は、大気海洋結合モデルを用いた海氷の長期予測において海洋と海氷の観測データが重要な役割をしていることを表します。南極海の海洋観測は他の海域に比べて少ないですが、アルゴフロート(自動昇降型漂流ブイ)の導入により、2000年代(図5a)から2010年代(図5b)にかけて増えました。しかし、他の海域に比べて海氷の張り出しが大きいウェッデル海では海洋内部の観測が比較的少なく、ウェッデル海で海洋の初期化が海氷の予測精度の向上に寄与しなかった(図2b)原因の一つとして考えられます。

図5

図5 (a)2000年代に南大洋と南極海で行われた、海洋表層(0-700m)の観測数(10年間の回数)。観測数には、アルゴフロート、CTD(電気伝導度(塩分)、水温、水深計)、XBT(投下式水温計)、海洋ブイの観測数の合計を用いている。黒枠は本研究で対象としている、西南極のウェッデル海とアムンゼン・ベリングスハウゼン海。 (b)(a)と同様に、2010年代の観測数。

また、本研究では、海氷の観測データとして海氷密接度を用いています。最近の研究で、モデルの海氷密接度だけでなく、海氷厚も初期化することで、海氷の予測精度が向上した報告もあります(プレスリリース)。今後、南極海で海洋と海氷の観測データが充実し、これらをモデルの初期値に取り込むことで、海氷の予測精度がさらに向上する可能性があります。

最後に、本研究では南極海の海氷に見られる十年規模変動に着目しましたが、北極海の海氷に見られる十年規模変動の予測研究にも応用されることが期待されます。JAMSTECでは昨年度から北極域研究船の建造を行っており(動画)、北極域の海洋や海氷に関する観測やシミュレーション研究が行われる予定です。大気海洋結合モデルの結果を観測データで検証して改良を行い、より長期的に精度良く海氷を予測するシステムを開発していきたいと考えています。

【補足情報】

※1
SINTEX-F2:欧州の研究機関とアプリケーションラボが地球シミュレータ上に開発した、大気海洋結合モデル。大気と海洋、海氷の物理プロセスを数値プログラムで表現し、数ヶ月から十年先までの気候変動の物理プロセスや予測可能性に関する研究に用いられている。
※2
過去再予測実験:現在から将来を予測する実験と異なり、過去のある年から将来を予測する実験。これにより、過去の観測データとモデルで予測された結果を比較することができ、モデルの予測精度を評価することができる。本研究では、1982年から2009年まで、毎年10年先まで過去再予測実験を行っている。
国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ 副主任研究員 森岡 優志
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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