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生物多様性と食物網構造をつなぐ新指標を発見 ―iTPによる革新的な生態系観測にむけて―

2023.12.06
国立研究開発法人海洋研究開発機構

1. 発表のポイント

  • 生物の多様性と、誰が誰に食べられるかをつないだネットワーク(食物網)との間の関係を明らかにするために、統合的栄養位置(integrated Trophic Position: iTP※1)が有効であることを示した。

  • iTPは、食物連鎖を通じて生物の量(バイオマス)がどのように変化するかを反映することが、世界中の海洋・陸水生態系の解析からわかった。

  • アミノ酸の窒素同位体比※2 を用いて観測可能ないろいろな生態系のiTPは、食糧生産・水産資源・エネルギー問題に通じる、革新的な指標となることが今後期待される。

用語解説
※1

iTP
食物網の中で、ある生物が占める生態学的な位置を栄養位置(Trophic Position: TP)という。たとえば、植物プランクトンなどの一次生産者はTP = 1、それを食べる動物プランクトンはTP = 2、それを食べる小さな魚はTP = 3、それを食べる大きな魚はTP = 4、というように、だんだん数字が上がっていく。一方、生物の量(バイオマス)は、TPが増えるにつれて減っていくため、バイオマスの分布は上に凸のピラミッドで表されることが多い。これを「生態ピラミッド」(参考図)という。統合的栄養位置(iTP)は、生態ピラミッドを構成するすべての生物とそのバイオマスを統合して得られる、加重平均の栄養位置である。

※2

アミノ酸の窒素同位体比
動物の体の中には、動物が自分で作ることができるアミノ酸(グルタミン酸など)と、自分では作れないので、食べ物から摂らなければならないアミノ酸(フェニルアラニンなど)がある。このうち、グルタミン酸は、一次生産者から生態ピラミッド最上位にあるシャチ等のトッププレデターまで、窒素の同位体の比率(軽い14Nに対する重い15Nの比)が単調増加していく。一方、フェニルアラニンは、一次生産者からトッププレデターまで、窒素の同位体の比率がほとんど変わらない。この性質を利用すれば、グルタミン酸とフェニルアラニンの窒素同位体比から、生物のTPを、さらに生態系のiTPを、それぞれ推定できる。

参考図

(参考図)食物連鎖を通じた生物の量(バイオマス)分布のイメージ図。「生態ピラミッド」と呼ばれる。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海洋機能利用部門生物地球化学センターの石川尚人副主任研究員らは、人新世※3 において減少し続ける生物多様性と、複雑な食物網構造との関係が、統合的栄養位置(integrated Trophic Position: iTP)という、シンプルな指標によって明らかにできることを発見しました。

持続可能な地球生態系を設計するためには、生物多様性と食物網(誰が誰に食べられるかをつないだネットワーク)との関係を明らかにすることが必要不可欠です。JAMSTECは、アミノ酸の窒素同位体比を用いて生物の栄養位置(Trophic Position: TP)を推定する手法を開発し、様々な成果を上げてきました。しかし、生物多様性と食物網を統合的にとらえることは難しく、これまで適切な指標はありませんでした。

そこで本研究では、近年我々が提唱した統合的栄養位置(iTP)をその指標とすることが可能かどうか、世界中の海洋・陸水生態系の解析から検討しました。その結果、動物プランクトンなどの一次消費者から、シャチのようなトッププレデターまで、食物連鎖を通じて生物の量(バイオマス)は目減りしていくことがわかりました。この減り方が急峻な場合、食物連鎖の縦方向の多様性(Dv)とiTPは低い値を示し、生態ピラミッドは横長の「富士山」のような形になりました。一方、減り方が緩やかな場合、DvとiTPは高い値を示し、生態ピラミッドは縦長の「東京タワー」のような形になりました。

本研究から、iTP が生物多様性と食物網構造をつなぐ新指標となることが示されました。iTPは、アミノ酸の窒素同位体比から推定できることがすでにわかっています。今後、iTPを用いた革新的な観測から、いろいろな生態系でピラミッドの効率性や安定性を明らかにできると考えられます。そこから得られる成果は、食糧生産・水産資源・エネルギーといった諸問題に対して、きわめて重要な示唆を与えるものと期待されます。

本成果は、英国生態学会誌の「Methods in Ecology and Evolution」に12月6日付け(日本時間)で掲載されました。本研究は、JSPS科研費(22K19857)の助成を受けて実施しました。

論文情報
タイトル

Integrated trophic position as a proxy for food-web complexity

著者
石川尚人1、 高嶋あやか2、 丸岡敬和3、 近藤倫生4
所属
1. 海洋研究開発機構生物地球化学センター
2. 龍谷大学大学院理工学研究科
3. 京都大学基礎物理学研究所
4. 東北大学大学院生命科学研究科
論文公開日
2023年12月06日(日本時間)
用語解説
※3

人新世
人間活動が地球に与えた影響に注目して提案されている現代を含む地質区分

3. 背景

広大な宇宙の中、地球をして「生命の星」たらしめているのは、未発見の種を含めて数千万種ともいわれる生物多様性だけではありません。彼らはお互いに独立して生きているわけではなく、「食べる・食べられる」関係を通じた「食物網」とよばれるネットワークでつながっています。将来にわたる持続可能な地球生態系を設計するためには、巨大なエネルギー転送装置としての食物網が、人間活動の影響で減少し続ける生物多様性によって、どのように駆動されているのか、解明する必要があります。しかし、これまで生物多様性と食物網構造をつなぐ適切な指標がなく、この問題を解く上で大きな壁になっていました。

JAMSTECでは、この壁を打ち破るために、アミノ酸の窒素同位体比を用いた生物の栄養位置(Trophic Position: TP)の推定法を開発しました。これによって、いろいろな生態系の食物網が可視化できるようになり、これまで多くの生態学的な研究に応用され、さまざまな成果を上げてきました(2012年11月7日ニホンウナギ2019年1月16日ジンベエザメ2021年 1月 25日ヨコヅナイワシなど既報)。さらに近年、ある生態系からそこにすむさまざまな生物をまるごと採集し、すりつぶして、そのアミノ酸窒素同位体比を測定することで推定できる、統合的栄養位置(integrated Trophic Position: iTP)という新しい指標を、我々は提唱しました。iTPが食物網の構造を反映することは直感的に予測されたものの、具体的にどんな指標として利用できるのか、科学的な証拠はありませんでした。

そこで本研究では、iTPの有効性を明らかにすることを目的として行われました。我々は、生物の量(バイオマス)が整数値の栄養段階(Trophic Level: TL)の増加に伴い指数関数的に減少するのであれば、TL方向の多様度指数である垂直的多様性(Dv)とiTPとの間の関係もまた、指数分布に従うという仮説を立てました。この仮説を検証するために、我々はまず栄養ネットワークの解きほぐし※4 を用いて、既存のデータベース(EcoBase: http://ecobase.ecopath.org)に収録されている世界中の海洋・陸水生態系の食物網を、食物連鎖へと変換しました。次に、Dvを含めた3つの複雑性指数※5 を計算し、iTPとの関係性を調べました。我々の仮説が正しければ、iTPとDvによって、生物多様性と食物網構造をつなぐことができると考えました(図1)。

図1

図1.本研究のコンセプト。(1) 食物網は、どの生物がどの生物にどれくらい食べられているか、を線でつないだネットワークとして描かれる。この図では、異なる色とアルファベットは異なる生物を表し、f は生物同士のエネルギーの受け渡しを表す(たとえば、fabは生物aが生物bに食べられる量を表す)。その結果として、各生物はそれぞれ固有の栄養位置(Trophic Position: TP)をもつ。TPをバイオマスで加重平均して得られるのが、統合的栄養位置(integrated TP: iTP)である。(2) 食物連鎖は、異なる栄養段階(Trophic Level)に属するバイオマスを積み上げたピラミッドとして描かれる。同じ生物でも、その体は異なるTLに属するバイオマスで作られていることがある(たとえば、生物aと生物cと生物dを混ぜて食べる生物eは、3段階にわたるバイオマスをもつ)。栄養ネットワークの解きほぐしを用いることで、複雑な食物網を単純な食物連鎖へと変換でき、ここから3つの複雑性指数である水平方向の多様性(DH)、レンジ多様性(DR)、垂直方向の多様性(Dv)を計算できる。本研究では、バイオマスの目減りのしかたを表すDvがiTPによって推定できるかどうか、を検証する。

用語解説
※4

栄養ネットワークの解きほぐし
どの生物がどの生物にどれくらい食べられているか、また、それぞれの生物の生産量とバイオマスはどれくらいか、という情報をもとに、複雑な食物網を単純な食物連鎖へと変換する手法。これにより、1以上の正の実数である栄養位置(Trophic Position: TP)をもつ生物の集合は、1以上の正の整数である栄養段階(Trophic Level: TL)をもつバイオマスの集合へと変換される。

※5

3つの複雑性指数
栄養ネットワークの解きほぐしによって変換された、生物、バイオマス、そしてTLの値から計算される、水平方向の多様性(DH)、レンジ多様性(DR)、垂直方向の多様性(Dv)の3つの指標。これらの指標は、生物多様性の指標の1つであるシャノン指数(H’)と次のような関係がある: H’= DH + (Dv – DR)

4. 成果

解析の結果、解きほぐされた整数値のTLとバイオマスとの関係は、おおむね指数分布に従うことが明らかになりました。今回研究対象とした158の生態ピラミッドの中には、TLに沿って急にバイオマスが減っていくものもあれば、緩やかにバイオマスが減っていくものもありました。例えるならば、前者は「富士山型」、後者は「東京タワー型」とよぶことができます(図2)。

図2

図2.解きほぐされたバイオマスが、整数値のTLに沿ってどのように減少していくかを示した図。図の左下ほど、TLに沿って急にバイオマスが減っていく「富士山型」、図の右上ほど、TLに沿って緩やかにバイオマスが減っていく「東京タワー型」を表す。効率のよさで言えば、「東京タワー型」のほうが、生態系の頂点まで無駄なくエネルギーを転送しているのかもしれない。一方、安定性の面で見ると、生態系の土台がしっかりしている「富士山型」のほうが、環境の変化に対して頑強なのかもしれない。色の違いは生態系の緯度を表す(暖色:低緯度、寒色:高緯度)。横軸は対数目盛りであることに注意。

次に、iTPと3つの複雑性指数、およびシャノンの多様度指数との関係を解析したところ、iTPと垂直的多様性Dvとの間の関係は指数分布に従うことがわかり、作業仮説が支持されました。すなわち、Dvという、生物多様性と食物網構造の両方に関わる指標が、iTPによって推定できることが明らかになりました(図3)。

図3

図3.統合的栄養位置(iTP)と垂直的多様性(Dv)との関係を示した図。iTPとDvとの間に指数関係があることが示され、作業仮説が支持された。つまり、Dvという生物多様性と食物網構造の両方に関わる指標が、iTPによって推定できることが明らかになった。iTPもDvも高い生態系は、「東京タワー型」のバイオマス分布を示す。iTPもDvも低い生態系は、「富士山型」のバイオマス分布を示す。色の違いは生態系の緯度を表す(暖色:低緯度、寒色:高緯度)。丸の大きさは生態系のサイズを表す。

さらに我々は、部分的な生態系のiTPから、生態系全体のiTPを推定できないかを検討しました。バイオマスと整数値のTLとの関係が指数分布に従うならば、部分的な集合から全体を復元できることが数学的に予測されるからです。解析の結果、TPが2以上、3未満の生物だけを含む部分的な生態系のiTPは、生態系全体のiTPと正の相関を示しました(r 2 = 0.48)(図4)。アミノ酸の窒素同位体比を用いて推定できるiTPは、実質的にはこの部分的な生態系のiTPであるため、本研究の結果は、部分的な生態系のiTPがわかれば、生態系全体のiTPをも推定できることを示唆しています。

図4

図4.部分的な生態系のiTPと生態系全体のiTPとの関係を示した図。バイオマスと整数値のTLとの関係が指数分布に従うならば、部分的な集合から全体を復元できることが数学的に予測される。青、赤、黄、紫の直線は、それぞれTPが2以上2.5未満、2以上3未満、2以上3.5未満、2以上4未満の生物だけで計算したiTPと、生態系全体のiTPとの間に見られた回帰直線を表す。より高いTPをもつ生物を含むiTPのほうが、回帰直線の決定係数(r 2)が大きく、1:1の直線に近づく。しかし、TPが2以上3未満の生物だけで計算したiTPでも、生態系全体のiTPとr 2 = 0.48で相関する。アミノ酸の窒素同位体比を用いて推定できるiTPは、実質的にはこの部分的な生態系(たとえば動物プランクトン群集)のiTPである。したがって、本研究の結果は、部分的な生態系のiTPがわかれば、生態系全体のiTPをも推定できることを示している。

5. 今後の展望

本研究の成果は、今後の生態系観測に革新をもたらす可能性を秘めています。iTPによってDvを推定できれば、いろいろな生態系で生物多様性と食物網構造との関係を明らかにできます。さらに、近年急速に発展している環境DNA法※6 を用いて、シャノンの多様度指数(H’)を同時に推定すれば、H’– Dvの値から、食物網におけるエネルギー転送に寄与しない、いわば「余剰な」生物多様性の効果を定量化できます。このことは、たとえば、天敵のいない外来種が生態系のエネルギー転送や安定性にどのように影響するか、を明らかにするのに役立つと考えられます。

我々は、将来的にiTPを用いた観測を、海洋や陸域を含めた、幅広い生態系で展開していく予定です。これによって、人新世の持続可能な地球生態系を設計する上で必要不可欠な、食物網構造の形成に果たす生物多様性の役割を解明していきたいと考えています。このような基礎的な知見は、食糧生産、水産資源、エネルギーなどにかかわる諸問題へ重要な示唆を与えるだけでなく、ひいては地球をして「生態系の星」たらしめている究極の謎を解明することに、おおいに貢献できるものと確信しています。

用語解説
※6

環境DNA法
環境中に存在するDNA(environmental DNA: eDNA)をまるごと分析することで、環境中にどんな生物がいるかを調べる手法。近年急速に発展しており、さまざまな研究に応用されている。生態系をまるごと測るiTPと相性がよいと考えられる。

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
生物地球化学センター
副主任研究員 石川尚人

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室