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プレスリリース

2018年 7月 10日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

11億年前の海洋生態系の復元
~微量の化学化石の同位体分析技術が先カンブリア代の海洋環境を明らかに~

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)生物地球化学研究分野の大河内直彦分野長は、オーストラリア国立大学のヨハン・ブロックス准教授らとともに、11億年前の地層中の記録から当時の海洋生態系の知見を得ることに成功しました。

先カンブリア代の海洋にどのような生物が存在し、どれほど複雑な生態系が確立されていたのかは、長らく謎に包まれてきました。特に太陽エネルギーを海洋生態系にもたらす一次生産者(植物プランクトン)として、どのような生物が当時存在していたのか、特に8億年前以前は生物化石がほとんど残されていないため、全く知られていませんでした。

そこで本研究では、アフリカ北西部に位置するモーリタニアから採取された11億年前の堆積岩を分析したところ、世界最古のクロロフィルの化学化石(ポルフィリンと呼ばれる化合物、図1)が含まれていることを発見しました。また、本研究ではそれを抽出してその窒素安定同位体比(15N/14N比、※1)の精密測定などをおこなったところ、現在の海洋の状況とは異なり、当時の海洋表層における主たる光合成生物がシアノバクテリア(※2)であったことが明らかになりました(図2)。この成果は、当時の海洋表層生態系において高次生物へ効率的にエネルギーが行き渡らず、それが、この時期に海洋における生物進化が顕著に見られなかった原因であったことを示唆しました。

本成果は、米国科学アカデミー紀要に7月9日の週(日本時間)に掲載される予定です。

タイトル:1.1 billion years porphyrins establish a marine ecosystem dominated by bacterial primary producers
著者名:N. Gueneli1、 A. M. McKenna2、 N. Ohkouchi3、 C. J. Boreham4、 J. Beghin5、 E. J. Javaux5、 C. J. J. Brocks1

所属:1. オーストラリア国立大学、2. フロリダ州立大学、3. JAMSTEC生物地球化学研究分野、4. ジオサイエンス・オーストラリア、5. リージュ大学

2.背景

先カンブリア代の海洋にどのような生物が存在し、どれほど複雑な生態系が確立されていたのかは、長らく謎に包まれてきました。特に太陽エネルギーを海洋生態系にもたらし、動物(従属栄養生物、つまり他の生き物を食べることによって生きる生物)を育む基礎エネルギーを供給する一次生産者(植物プランクトン)として、どのような生物が当時存在していたのかについては、特に8億年前以前は生物化石がほとんど残されていないため、全く知られていませんでした。

JAMSTEC生物地球化学研究分野では、極微量の有機物に含まれる窒素や炭素の安定同位体比を精密に測定する世界でも類を見ない技術を開発してきました。本研究では、その技術が大きく貢献しています。

3.成果

本研究では、アフリカ北西部に位置するモーリタニアのタウデニ盆地から採取された11億年前の地層から、クロロフィルの化石分子である「ポルフィリン」を見出しました。このポルフィリンと呼ばれる有機分子は、クロロフィルと非常に似た化学構造をもつことから、当時の植物プランクトンが合成したものの残存物(分子化石)と考えられます(図1)。これまでも堆積岩中からしばしばポルフィリンは発見されてきましたが、本研究では従来よりも少なくとも6億年古い地層から見出されため、現時点では世界最古のクロロフィルの化学化石となります。この地層はあまり強い変成を受けてこなかったため(高温・高圧環境にさらされていない)、ポルフィリンが今も残されていたと考えられます。

また、本研究では地層中に微量に含まれるこのポルフィリンを高い純度で単離・精製し、精密な構造決定を行うとともに、その窒素安定同位体比(15N/14N比)を測定することに成功しました。その結果によると、当時の海洋表層では小さな細胞をもつシアノバクテリアが主要な光合成生物であり、酸素を発生しない光合成を行う細菌も少し含まれていたことを示しています。その一方で、これまでの記録などもあわせて考えると、当時の海洋には大きな細胞をもつ藻類(現在の海洋において主要な光合成生物)は、ほとんど存在しなかったことが明らかになりました。そのことから当時は、光合成生物によって捕獲された太陽エネルギーは高次生物(動物プランクトンや、それを食べる捕食者)には効率的に行き渡らず、海洋生物の進化もそれにともなって遅れていたことが示唆されます。

4.今後の展望

先カンブリア代は地質記録が希薄な時代であり、今回得た海洋表層環境の情報は、まだ一点の成果にすぎません。海洋は生物の進化が起きた場であるため、その環境は生物進化と直接関係していたと考えられ、このような知見は生物進化の見方に大きな影響を及ぼすものと考えられます。今後もこういった記録を得て当時の海洋像や海洋の進化に関して情報を蓄積していく必要があります。

[用語解説]

※1 窒素安定同位体比:天然中に存在する窒素原子はふつう質量数14の14Nである。しかし、0.4%弱だけ質量数が15の15N(安定同位体)が含まれている。両者の比、つまり15N/14N比のことを窒素安定同位体比と呼び、標準となる大気中の15N/14N比からの偏差(δ値)として示される。δ値が高いほど15Nが多く、低いほど15Nは少ない。

※2 シアノバクテリア:酸素発生型の光合成をおこなう原核生物。海洋から湖沼・陸上、浮遊性から付着性まで多様な生態を示す。かつて「藍藻」とも呼ばれたことがある。

図1

図1. クロロフィル(左)とポルフィリン(右)。葉緑素の主要物質である緑色のクロロフィルは、堆積物の中で変質(続成作用)を受けて赤色のポルフィリンに変わる。ただしいったんポルフィリンになると、それは熱や圧力に非常に強い分子なので長年堆積物中に保存される。

図2

図2.20億年前以降の化石分子の記録のまとめ。左端の数字は10億年単位(billion years ago)の年代を示している。真ん中の図は、これまで明らかにされてきたコレステロールおよびホパノールの分解生成物であるステランとホパンの堆積物中の量比。前者は藻類のような真核生物によって合成されるのに対し、後者はシアノバクテリアや細菌などの原核生物によって合成される。右図は、地質記録でこれまで知られている初めて生物や化石分子が見出された時代を示したもの。

図3

図3. 本研究によって11億年前の地層から見出されたクロロフィルの化石、ポルフィリンの写真。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
生物地球化学研究分野 分野長 大河内直彦
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛 
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