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プレスリリース

2022年 11月 22日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

東アフリカの極端な干ばつを数ヶ月前から予測可能に!
―負のインド洋ダイポールモード現象の予測が鍵―

1. 発表のポイント

東アフリカでは、10-12月に短い雨季がある。しかし2021年は極端な干ばつにより深刻な被害を受けた。2022年も同様で、現地はかつてない飢饉に襲われている。
季節予測システムによるシミュレーションの結果、2021年の干ばつを引き起こしたのは負のインド洋ダイポールモード現象(※1)であり、シミュレーションと東アフリカの降水量変動を推計する統計モデルを組み合わせることで、同年6月の時点で干ばつ予測が可能であることがわかった。
この新しいハイブリッド予測システムによる早期予測は、甚大な被害を緩和する準備期間を用意できることになり、極めて効果的である。

【用語解説】

※1
インド洋ダイポールモード現象:熱帯インド洋で海洋と大気が連動し、相互に作用しながら発達する気候の変動現象。正と負のイベントがあり、特に負のダイポールモード現象が発生すると、熱帯インド洋の南東部で海面水温が平年より高く、西部で海面水温が低くなる(下図)。この水温変動によって、通常時でも東インド洋で活発な対流活動が、さらに活発となり、インドネシアやオーストラリアなどでは大雨・洪水の被害が甚大化する傾向がある。一方で、東アフリカでは干ばつや山火事が発生しやすくなる(動画は季節ウォッチを参照)。
図

図: 負のダイポール発生時の模式図。陰影は海面水温の異常値を表していて、赤色は平年より水温が高く、青色は平年よりも水温が低いことを示す。白色のパッチは対流活動が強化していることを表し、矢印は海上風向の異常を表す。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門アプリケーションラボの土井威志主任研究員らは、季節予測システム(SINTEX-F)と東アフリカの降水量変動を推計する統計モデルを組み合わせることで、東アフリカの短い雨季(10-12月)に発生する干ばつが早期に予測可能であることを示しました。

2021年、東アフリカは深刻な干ばつに見舞われ、食料や飲料水の不足など、現地は深刻な被害を受けました。このような被害を軽減するためには早期の予測が重要となります。しかし、その早期予測は難しいのが現状でした。

そこで本研究では、2021年10-12月に発生した干ばつを事例として季節予測システム(SINTEX-F)による大規模アンサンブルシミュレーションを実施したところ、同年9月には予測可能であり、解析の結果、発生原因は負のインド洋ダイポールモード現象にあることもわかりました。

また、観測データを使って過去事例を解析すると、インド洋ダイポールモード現象の発生と、東アフリカの降水量変動には強い相関関係があることも確認できました。それをもとに、簡易な統計モデルを作り、SINTEX-F季節予測システムによるインド洋ダイポールモード現象の発生予測と組み合わせることで、6月の時点でも東アフリカの干ばつ予測が可能であることも示しました。

この新しいハイブリッド予測システムによる早期予測は、甚大な被害を緩和する準備期間を用意できることになり、社会生活を営む上で極めて効果的です。2022年も、2021年に続き負のインド洋ダイポールモード現象が発生し、東アフリカでは極端な干ばつに見舞われ、現地はかつてない飢饉に襲われています。本研究で示したような干ばつの早期予測の高精度化を進めると共に、その予測情報を応用し被害を軽減するための社会応用研究を飛躍的に発展させることは喫緊の課題です。

本成果は、「Geophysical Research Letters」に11月22日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
On the predictability of the extreme drought in East Africa during the short rains season
著者:
土井威志1、Swadhin K. Behera 1、山形俊男1,2
所属:
1. JAMSTEC付加価値情報創生部門アプリケーションラボ、2. Institute of Climate and Application Research (ICAR), Nanjing University of Information Science and Technology (NUIST)
DOI:
10.1029/2022GL100905

3. 背景

東アフリカでは、2021年10-12月、平年であれば「短い雨季」にもかかわらず、極端に降水量が少なく、深刻な干ばつに見舞われ、世界の多くのメディアに報じられました。JAMSTECアプリケーションラボの研究成果などでは、東アフリカの短い雨季は、インド洋ダイポールモード現象の影響を強く受けることが示されています。インド洋ダイポールモード現象の正イベントあるいは負イベントの発生時に、極端な洪水あるいは干ばつが、それぞれ発生しやすくなります。実際、2016年に負のダイポールモード現象が発生した際にも、東アフリカの多くの地域で干ばつが発生し、食料や飲料水の不足など、現地は深刻な被害を受けました。これら干ばつを数ヶ月前から予測することができれば、その深刻な被害を軽減するために事前に対策をとることができます。しかし、その早期予測は難しいのが現状でした。

数ヶ月平均で現れる季節の不順(干ばつだけでなく、洪水・猛暑・暖冬なども含む)を、数ヶ月前から予測する科学技術は、「季節予測」と呼ばれます。アプリケーションラボでは、欧州の研究者らと共同で「SINTEX-F季節予測システム」と呼ばれるソフトウェアを開発し、予測の高精度化や、その予測情報を応用するための先駆的な研究を進めてきました(参考:気候変動予測情報創生グループSINTEX-F季節予測システム)。

季節予測は、海洋観測とコンピュータのリレーのようなシステムです。まず、はじめに、予測開始時点での、海の水温の状況をよく知る必要があります。熱容量の大きい海の水温が、平年と違った状況にあると、数ヶ月先でもその情報が消えず、季節の不順を引き起こす種の役割をします。現在は、人工衛星や、係留ブイ、アルゴフロートと呼ばれる自動浮き沈み測器によって、時時刻刻と変化する海面および海中の水温を、リアルタイムで観測することができます。その情報を気候モデル(※2)にバトンパスして、予測シミュレーションを実施します。その膨大な計算を実行するにはスーパーコンピュータが必要です。JAMSTECは、海洋観測システムの発展に尽力していると共に(例えば、"【アルゴ2020】アルゴフロートで世界の海を測って20年"、TRITONブイ動物由来の海洋観測データの利活用など)、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有します。アプリケーションラボでは、それらを効果的に使い、「季節予測」を高度化する技術を磨いてきました。特に、インド洋ダイポールモード現象や熱帯太平洋のエルニーニョ予測などにおいて、先駆的な成果を上げてきた実績があります。

【用語解説】

※2
気候モデル:大気-海-陸-海氷などに対して、主に物理法則に従って、10分程度の未来を計算できる数式の集まりで構成されており、この計算を繰り返すことで、何ヶ月も先の未来の状況をスーパーコンピュータで予測計算できるソフトウェア。気候モデルの源流は2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎博士の研究にある(2021年10月5日既報)。

4. 成果

2021年10-12月に東アフリカで発生した極端な干ばつについて、SINTEX-F季節予測システムを使って予測シミュレーションをした結果、同年9月の時点で予測可能であることを示しました(図1)。

図1

図1 2021年10-12月で平均した降水量の異常値(平年値からのズレ)。単位はmm/日。左図は観測データ。緑色は平年より雨が多く、茶色が平年より雨が少ないことを示す。東アフリカでは茶色が濃く、雨が極端に少なかったことが見てとれる。本研究で対象とした東アフリカの降水量の指標には、青い線のボックスで領域平均した値を使った。黒い線の二つの領域は、インド洋ダイポールモード現象の指標に使われる領域で、西インド洋の領域で平均した海表面水温の異常値から東インド洋の領域で平均した海表面水温の異常値との差が、ダイポール指標として定義される。右図は2021年9月初旬の時点で、SINTEX-F季節予測システムで予測した値で、108メンバーのアンサンブル平均値を示す。東アフリカでは茶色が薄い、すなわち少雨を過小評価はしているが、雨が平年より少なくなること自体は予測に成功していたことがわかる。

世界の季節予測システムのほとんどが数10程度のアンサンブルメンバー(僅かに異なる条件の下で同じ予測計算を繰り返した、それぞれの結果)で予測を実施しているのに対し、SINTEX-F季節予測システムは108に達する大規模アンサンブルメンバー数で予測シミュレーションをしており(2019年1月24日既報)、予測のバラツキが大きい降水量の予測についても予測の要因を見出しやすいといったアドバンテージがあります。アンサンブルメンバー間の違いを詳しく調べた結果、負のインド洋ダイポールモード現象を強く(弱く)予測するメンバーでは、東アフリカの干ばつを強く(弱く)予測しやすい傾向にあり、2021年の東アフリカの干ばつ予測の成功に重要な鍵となるのは、同年に発生した負のインド洋ダイポールモード現象の予測であることを突き止めました(図2)。

図2

図2 2021年10-12月平均値を9月初旬時点で予測した際、108ある予測アンサンブルメンバーについて、予測のバラツキを示した散布図。横軸が、東アフリカの降水量の平年からのズレの予測値(単位はmm/日)で、縦軸がインド洋ダイポールモード現象の指標(単位は°C、説明は図1のキャプションを参照)。黒十字マークが108ある予測アンサンブルメンバーのそれぞれの予測値で、青の四角マークがアンサンブルメンバーの平均値、赤の四角マークが観測値。負のインド洋ダイポールモード現象を強く(弱く)予測するメンバーでは、東アフリカの干ばつを強く(弱く)予測しやすい傾向にあり、2021年の東アフリカの干ばつ予測の成功に重要な鍵となるのは、同年に発生した負のインド洋ダイポールモード現象の予測であることがわかる。

さらに、観測データで過去事例を解析することで、インド洋ダイポールモード現象の発生と、東アフリカの「短い雨季」の降水量の年々変動には強い相関関係があることがわかりました。しかし、SINTEX-F季節予測システムでは、その表現が不十分で、インド洋ダイポールモード現象の発生を同年6月の時点で予測可能であるものの、東アフリカの「短い雨季」の降水量の年々変動を、同年6月の時点で予測することはできていませんでした。そこで、SINTEX-F季節予測システムでインド洋ダイポールモード現象の発生を予測し、その東アフリカの降水量への影響を、統計モデル(すなわちインド洋ダイポールモード現象から東アフリカの降水量を経験的に推計するモデル)で見積もることで、同年6月の時点でも東アフリカの「短い雨季」の降水量の年々変動を予測できるようになりました(図3)。

図3

図3 10-12月で平均した東アフリカ域での降水量の異常値(平年値からのズレ)の時系列。単位はmm/日。黒線は観測データ。赤点色は、6月の時点で、SINTEX-F季節予測システムと統計モデルを組み合わせたハイブリットなアプローチで予測した値。両線の相関係数は0.47で予測精度が比較的高いことがわかる。特に、2016年、2021年など最近の東アフリカの極端な干ばつをよく予測できている。

この新しいハイブリッド予測システムによる早期予測は甚大な被害を緩和する準備期間を用意できることになり、社会生活を営む上で極めて効果的です。今回は最も簡単な統計モデルを使用しましたが、今後は人工知能解析などを利活用した高度なハイブリッド予測システムへの発展も期待されます。さらに、2019年のように、インド洋ダイポールモード現象の予測が前年の秋から成功する場合(2020年4月6日既報)では、更に早期から干ばつ予測が可能であることを示唆しています。一方で、東アフリカの「長い雨季」である3-6月の降水量は、インド洋ダイポールモード現象の影響をほとんど受けないので、このようなアプローチでは予測が難しいことがわかっています。今後、更に他の地域・季節に注目し、予測可能性を丁寧に検証していく必要があります。

JAMSTECでは、2022年も負のインド洋ダイポールモード現象の発生を同年5月時点で予測していましたが(参考:2022年5月23日コラム)、実際に、予測どおり負のダイポールモード現象が発生しました。同年6月の時点では、2022年10-12月に東アフリカの降水量が1.2mm/日程度平年より減る、すなわち2016年の過去最大規模の干ばつと同様レベルの干ばつが起こると予測しています(図4)。実際、東アフリカでは、2021年に続き、2022年にも極端な干ばつに見舞われており、食料や飲み水の安全がかつてない規模で脅かされています。こうした実績も本研究に活用していきたいと考えています。

図4

図4 2022年6月1日時点で、SINTEX-F季節予測システムで予測した2022年10-12月で平均した降水量の異常値(平年値からのズレ)で、アンサンブル平均値を示す。単位はmm/日。緑色は平年より雨が多く、茶色が平年より雨が少ないことを示す。東アフリカでは茶色が濃く、雨が極端に少なくなることを予測している。本研究で対象とした東アフリカの降水量の指標(EAR)は、黒い線のボックスで領域平均した値を使った。SINTEX-F季節予測システムで予測したEAR値は、-0.50mm/日。SINTEX-F季節予測システムと統計モデルを組み合わせたハイブリットなアプローチで予測したEAR値は、-1.20 mm/日。すなわち2016年の過去最大規模の干ばつと同様レベルの干ばつが起こると予測している。

5. 今後の展望

近年、世界各地で極端な季節の不順が頻発していますが、地球温暖化の進行もその一因だと考えられます。従来、雨の多い地域(例えば、日本を含むアジアなど)では、更に雨が多く、雨が少ない地域(例えば、アフリカ北部や南部、オーストラリアなど)は、更に雨が少なくなりつつあることがIPCC第6次評価報告書などでも言及されています。そのようなストレスがかかった状況下に、インド洋ダイポールモード現象などの数年に1度、自然に発生する気候現象の影響が畳み掛けてくると、その被害は甚大化しやすいといえます。

地球温暖化と、インド洋ダイポールモード現象などの気候システムに内在する変動現象は、異なるメカニズムで発生する別の事象です。しかし、地球温暖化が、インド洋ダイポールモード現象などの特徴を変えてしまったり、規模を極端化させたり、発生を頻発化させたりする可能性などが指摘され始めました。

従って、「季節予測」と、それを基盤とした数ヶ月前から実施できる適応策の探索は、益々重要になってきています。例えば、ある地域で食料安全が警戒される場合は、事前に農作物の流通を強化するといった対策が考えられるかもしれません。

地上気温や海水温に比べて、地上の降水量の季節予測は格段に難しく、有用な予測が可能な地域は世界でも限られているのが現状です。例えば、日本を含む東アジアやインドなどモンスーン(季節風)の影響が強い地域では、有用な予測が難しく、インドネシア、ブラジル、オーストラリアなど、熱帯の海水温の変動がより直接的に大気に影響する地域などでは比較的予測がしやすいことが知られています。その中でも、東アフリカは、インド洋ダイポールモード現象の影響が直接的に影響するため、降水量の予測が比較的高精度に可能であることがわかりました。洪水や干ばつの被害を減ずるために、降水量の早期予測情報を利活用し数ヶ月前から適切な緩和策を具体的に検討する社会応用研究を東アフリカで進めていきたいと考えています。

アプリケーションラボのSINTEX-F季節予測システムのHP では、およそ15年以上前から、毎月準リアルタイムに、インド洋ダイポールモード現象やエルニーニョ現象などの予測情報を最大で24ヶ月先まで配信してきましたが、この研究を契機に、新たに東アフリカの「短い雨季」についての予測情報を詳しく発信することを始めました。さらに、アプリケーションラボでは、アフリカ南部で、季節予測情報をマラリアの流行予測に応用するプロジェクトも進めてきました(参考:プロジェクトwebサイト国連ハビタットコラム四次元仮想地球パイロットプロジェクト)。そのような実績を生かし、本研究で示したような東アフリカの干ばつの早期予測情報を利活用し、その被害を軽減するための社会応用研究を飛躍的に発展させ、社会に貢献することを目指していきます。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ
気候変動予測情報創生グループ 主任研究員  土井 威志
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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