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平成16年度(独)海洋研究開発機構委託事業
「海洋調査観測活動に伴う海洋環境に対する配慮(取り組み)の調査・分析」報告書
(平成17年3月 社団法人 海洋産業研究会)

5. 水中音響調査における海洋環境に配慮した取り組み

5−1. 水中騒音の国際規制

はじめに、音響調査における海洋環境に配慮した取り組みの総論的な紹介として、書籍「International Regulation of Underwater Sound -Establishing Rules and Standards to Address Ocean Noise Pollution-」Elena McCarthy著、Kluwer Academic Publishers のうち、第5章を紹介する。

5−1−1. 水中における騒音問題

騒音問題は、2つの立場から考えられる。すなわち、音を出力する側と、それを受ける環境の側である。

出力する側から見ると、騒音問題の解決には、音による新しい汚染を減少させるための技術によるところが大きい。一方、環境の側から見ると、その解決策には、海の汚染吸収や収容力に頼るところがある。汚染物質のコントロールについては、これまで試みられてきたが、音やエネルギーに関する汚染については、あまり検討されてはこなかった。これは、海洋における騒音問題が新しいソナー、出力の大きい船舶、掘削活動の増加、新しいタイプの音響を使った海洋調査観測など、新しい技術がその原因となっていることが多いためである。また新しいものだけに、海洋生態系に与える影響についても明らかではない部分が多い。このため、取り締まる機関(regulatory agencies)は、科学的な論理とデータ(しばしば完璧ではない)とのギャップを推定しなければならない。例えば、アメリカでは、海産哺乳類に影響を与える雑音情報について、その不十分さが認識され、NOAA Fisheries(海洋漁業サービス局:NMFS)の中でも問題視されていた。しかしこのNMFSは、海産哺乳類へのノイズ基準を、この不十分な情報をもとに確立しなければならなかった。このような科学的な不確かさは、水中での音響活動で予防的なアプローチをする上で、大きな障害になっている。

5−1−2. 音響活動に対する予防原則

音を発する活動に対する予防原則※1について、環境保護団体からの意見がある。米国愛護協会(US Humane Society)は、予防原則を破りかねない近年のNMFSの決定にクレームをつけた。また、イタリアにあるTethys研究所(Tethys Research Institute)は、地中海における低周波ソナーとATOC※2の使用に関する予防原則を求めてきた。

また、他の例として、海洋政策の研究者であるEmily Gardnerは、SURTASSの使用をめぐって、海産哺乳類が受ける影響については科学的に不確かな状態にあることを強調し、科学的調査のさらなる追加を求めている。同女史は、以下のことを提案している。

  1. SURTASSに敏感に反応する動物がいる海域では、この技術の使用を制限すること
  2. 他に調査が必要な動物の有無を調べ、さらに長期間にわたる影響を明らかにするまでは、この技術の使用を禁止すること
  3. 適切な管理のための安全な音圧・周波数の基準を明らかにすること

NMFSは、SURTASSによって受ける音圧の閾値に関して、鯨類に物理的な傷害の発生する180dbを設けた。しかしGardnerは、物理的な傷害よりも、行動の崩壊など、行動学的な基準を設けなければ、予防原則にならないことを主張した。また同時に、環境収容力も考慮した基準作りに挑まなければならないことも述べている。

NMFSは、SURTASSによって受ける音圧の閾値に関して、鯨類に物理的な傷害の発生する180dbを設けた。しかしGardnerは、物理的な傷害よりも、行動の崩壊など、行動学的な基準を設けなければ、予防原則にならないことを主張した。また同時に、環境収容力も考慮した基準作りに挑まなければならないことも述べている。

  • 長期間とはいつまでを指すのか?
  • もし、長期間の影響が見られなかったら?
  • これは、これまでの調査で長期間のものが行われなかったということか?
  • 累積的な影響とは、どのように測定するのか?
  • 長期的な研究は、単一種のみで良いのか、それともエコシステム全体の種を見なければならないのだろうか?

これらの疑問は、科学的な不確かさに直面しつつ、予防原則の実行に挑戦することの難しさを示している。

  • ※1 予防原則(precautionary principle):リスク(危険)を回避するため、未然に対策を取るという考え方。環境・衛生問題の対処基準として国内政策や国際条約に盛り込まれている。1970年代から「海洋投棄条約」などに取り入れられ、1992年に「環境と開発に関するリオデジャネイロ宣言」の中で「環境を守るためには各国はその能力に応じて予防的アプローチを広く採用する。重大なあるいは回復不能な損害の脅威が考えられる場合、十分な科学的根拠がないことを理由に費用効果の高い環境悪化防止策を先延ばしにしてはならない。」と記され、環境問題への基本的な基準となった。(http://www.biotech-house.jp/glossary/glos_152.html
  • ※2 ATOC(Acoustic Thermometry of Ocean Climate):アメリカサンディエゴにあるスクリプス海洋研究所Munk教授による計画。これは、太平洋の平均水温を観測するため、ハワイのカウワイ島沖とカリフォルニア沖の2ヵ所に音源を設置し、アリューシャン列島、グアム沖、ニュージーランド沖等の十数か所で受波しようというもの。これにより、様々なパスを通ってくる音波の伝搬時間を、1日6回、4時間ごとに10年間測定し、太平洋全体の平均水温の変動を捉える計画。音源は、水深約1,000mの海底に設置され、周波数75Hz、音圧195dBのM系列信号を放射する。現在、カリフォルニア沖の音源が設置され、試験的に音波を出している。本来は、1994年に実験が開始される予定であったが、75Hzの低周波音波が海洋生物、特にイルカやクジラにどういう影響を与えるかが分からないということで、アメリカ国内で生物学者、音響学者の間で議論が沸騰し、計画がストップしていた。カリフォルニア沖の音源設置が認められたものの、音源の発音に関しては、生物学者によるボートを使った鯨類の目視観察が義務付けられており、月に数日しか発音されていない。この計画が軌道に乗れば、次はインド洋、更には大西洋に音波のネットワークを張り巡らし、地球規模で水温変動を監視するシステムが構築されるという遠大な計画になっています。(http://www.asj.gr.jp/qanda/answer/46.html

5−1−3. 海中騒音に関する国際協定の問題点

海中騒音に関する国際協定を締結していくには、いくつかの重要な障害が存在する。

1つは、現在はもっと別の環境問題に直面しており、そのため、この問題の重要性が認められにくいという点である。一般的に認識される問題となるためには、海洋汚染専門家会議※1(GESAMP)といった、国際委員からなる専門家グループが、海中騒音を一般の意識まで持ち上げなければならない。しかし、海洋のノイズは、自然界の中で認識しづらい部分もあり、また、科学的に不確かな部分もあることから、複雑な様相を呈している。

2つ目は、ルール作りの起草、実現可能でかつ実施できる防止策を立てられるかどうかなどの、協定作り本来が持っている困難さである。3つ目は、協定を作ることによって生じる主権の制限であり、多面的な合意を得る難しさである。4つ目は、もし協定が成立した場合、海中騒音のモニタリングを絶え間なく、広域で実施しなければならないという実務的な問題である。5つ目は、海洋の利用に関して、海中騒音は不可抗力的な広がりをもつため、音の流出の制限、すなわち、海洋の利用に関する制限といったことと関連が出てくる可能性があり、これは経済的な反響を呼ぶであろう。

とはいえ、新しい国際協定は必要であり、それは既存の組織によって発展的に、かつ確実に履行されるべきである。また、それは地域別(例えば地中海や北西太平洋)、分野別(船舶、石油やガスの掘削)に特化しつつ、世界全体的な協定へと進むべきである。

  • ※1 海洋汚染専門家会議(GESAMP: The Joint Group of Experts on the Scientific Aspects of Marine Environmental Protection)国連の海洋汚染専門家会議。国連関係機関の出資により1967年に設立された海洋汚染の科学的分野に関する専門家グループ。IMO(総務事項担当)および出資国連機関(業務事項担当)が共同事務局を構成する。当初は、加盟国に対する海洋汚染の科学的側面についての専門的意見の開陳に留まっていたが、93年から、海洋生命の保持、資源、アメニティーの維持のために海洋環境の低質化の防止、削減および制御に関する科学的側面にまで役割が拡大された。(http://www.jsanet.or.jp/wording2/wording_txt2_g.html

5−1−4. 国境を越えた海中騒音問題に対する政策手段

国境を越えた海中騒音に対する政策手段として、次のものが考えられる。

  • 税金
  • 契約履行保証と補助金(Performance Bonds and Subsidies)
  • 許可
  • 技術的な企画
  • 最高に有効な技術と最高に実行可能な技術
  • 最も実用的な選択肢
  • 禁止とゾーニング(bans and zoning)
  • 海洋保護区

この10年間で海洋汚染問題は、個別の汚染源で偶発的な事例から、もっと全体的で長期に渡って累積する影響にまで見方が変ってきた。ここには、個別の種の保全を考えることから、エコシステム全体を保全できるようにと、管理努力の傾向が変ってきたことも含まれる。例えば、近年における北西大西洋のOSPAR Conventionでは、エコシステムの問題に特に取り組んでいる。

他には、環境と開発のための国連会議(地球サミット)の“Agenda21”における青写真的な例がある。Agenda21は、環境、貧困、開発に関する問題を含めた40章にもなる行動計画からなっている。ここでは、世界の海域に関して、エコシステムを基にした管理の必要性についてAgenda21の第17章で強調されている。これは、海洋や沿岸域の全体的な管理と持続可能な開発を主張した最初のプログラムである。

また、他の例として、バルセロナ条約※1がある。この条約は、地中海からの海洋汚染を防止するためのものだが、作成から20年経った今日、単独の汚染のみならず、環境にとって脅威である全ての活動を中止させることに力が注がれている。

さらに、最後の例として、国連の下部組織で長い歴史のあるGESAMPが挙げられる。GESAMPは海洋汚染の専門家グループで、Agenda21の後、諮問的な役割を担う団体としてその位置付けが確認された。その結果として、1993年、以前の名称である「Joint Group of Experts on the Scientific Aspects of Marine Pollution」から、現在の「The Joint Group of Experts on the Scientific Aspects of Marine Environmental Protection」に名称を変更した。

  • ※1 バルセロナ条約(Barcerona Convention for the Protection of the Marine Environment and the Coastal Region of the Mediterranean):地中海汚染防止条約と同義。この条約の正式名は、「汚染に対する地中海の保護に関する条約」であり、UNEP(国連環境計画)の主導で1975年に地域海計画が採択され翌1976年に本条約が採択された。特別保護地域を特定し、またその設置を促すことにより、海洋環境、その生態系バランス、資源及び合法的な利用に対する保護を行うことを目的としている。また自然や文化の遺産として重要な海洋・沿岸地域を保護、保全するために適切な対策を取ることが決められている。地中海の地域海計画には20カ国及びEUが参画しているが、1995年に改定されたバルセロナ条約については未だ全ての加盟国の批准が済まされていない。 (http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=2210

5−1−5. 環境影響評価

アメリカの海軍や石油掘削、オーストラリアやU.K.における地震探査産業(seismic industry)の水中騒音論争において、環境影響評価が広く用いられている。新たに有害なことが起こりうる状態になった場合、その緩和措置を謳った環境影響評価書※1が用意される。

アメリカでは、環境政策法(NEPA:National Environment Policy Act)によって、いかなる連邦による予算(federal fund)、連邦による許可(federal permitted)、もしくはプロジェクトによるものであっても、環境への影響を与えるものについては、一連の環境影響評価を命じている。いくつかの大規模な科学的、軍事的、産業的プロジェクトにおいて、人間由来の音を発生させるものについては、一般市民が検討でき、正式な文書である環境影響評価書を準備する必要がある。ここでいうプロジェクトには、ATOC、アメリカ海軍によるSURTASS、いくつかの石油、ガス掘削プログラムなどが含まれている。欧州連合(EU)においては、EU環境影響評価指令※2を環境への重大な影響をもたらすかもしれない公的・私的プロジェクトに対して提出を求めている。この中で、事業段階より以前の計画段階でアセスメントを行う戦略的アセスメント(SEA:Strategic Environmental Assessment)が提案されている。U.K.では、大陸棚周辺海域における石油ガス開発において、地震探査における海産哺乳類への影響を考慮して、いくつかの環境評価がなされている。

最も洗練された環境影響評価に関する取り決めをもつのは、アメリカ、カナダ、そしてEUである。この中で、アメリカだけがカナダやEUと異なっている。それは、アメリカが連邦政府の予算や許可の出ているプロジェクト・プログラムに対して環境影響評価書の提出を求めているのに対し、カナダやEUは民間産業界によって資金提供された団体にのみ提出を求めている点である。

環境影響評価書は、今後与える影響を分析し、予測することを試みるものであるが、実際与える影響というのは全く異なっている。オーストラリアの環境影響評価書において、予測の正確性に関する分析を行ったところ、50%以上の予測が実際とは異なっていた(すなわち、過少評価もしくは過大評価であった)。

アメリカにおいて環境影響評価書は、意志薄弱で、手続き上のものであり、遅れがちであり、そして値段が高いなどといった否定的な見方がされてきた。そして、有識者達は、現実に影響評価書がどのくらい現実と近いものなのか、モニタリングと検証が必要だという意見で一致している。アメリカでは、環境影響評価プロセスの中で事後のモニタリングを必要としていないため、実際に事業が与える影響は表面化しない、もしくは未知のままである。そして、事業による影響が予想よりも下回っており、それゆえ寛容でき、閾値を下回っているという保証はどこにもないのである。アメリカのNEPA 輸送事務局は、環境影響評価プロセスについていくつかの問題を指摘した。その中で、環境影響評価事業を難しくするものとして、1)基金の不足(32%)、2)地域論争(16%)、3)極度に複雑化した事業(13%)を挙げている。

1992年リオデジャネイロの地球環境サミットにおいても、環境影響評価プロセスは、「国際的な道具(national instrument)としての環境影響評価は、環境に重大な影響を与えそうな活動に対して執り行われるべきであり、また、国家の威信を満足させるものである必要がある。」と述べられている。

実際、環境への影響を評価することは科学的な不確かさも相まって困難である。Birnie and Boyleは、環境影響評価の欠点を次のように指摘している。すなわち、環境影響評価は、環境に影響があるかどうかその決定のために必要とされているが、環境影響評価書実施の義務は、環境への影響が予想された時のみ生ずる。

  • ※1 環境影響評価書:日本の環境アセスメント制度において、アセスメント調査の報告素案(これを準備書という)の段階での公告、縦覧を経て住民の意見を取り入れ、最終的に環境アセスメントの結果を記した文書のこと。環境影響評価法(1997)の第4章(第21〜27条)に規定される。同法では、文書形式におけるアセスメント手続として、「方法書→準備書(評価書案)→評価書」という流れを基本的な柱とし、事業者と住民の間で、各段階に設けられた公聴会と説明会をふまえた「意見書(住民→事業者)」、「見解書(事業者→住民)」の文書によるやりとりによってコミュニケーションが図られる。評価書は、アセスメントの手続の最終段階で作成されるものであり、評価書の内容にしたがって事業の許認可がなされるため、特に慎重を期すべきものとされる。(http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=2278&PHPSESSID=427f8f04923b249c77a670d03e6a8324
  • ※2 EU環境影響評価指令:1985 年に採択されたEUの指令。1997年に改正(97/11/EC)。本指令は、事業の許可の前にその事業の環境に対する影響を特定し、これを評価する環境影響アセスメントの手順を定めている。一般市民の意見及び環境関連機関との協議等、すべての評価結果が事業の認可手続きで権限を持つ機関により考慮される。影響が他国に及ぶ場合は、その国に情報を提供しなければならない。この手続きが必要な事業は本指令で定めるものと加盟国が定めるものの2種類があるが、企業の設備設置から公共事業まで広範囲の活動に適用される。1997年改正では、どの事業をアセスメントの対象にするか(スクリーニング)、どの項目を重点的に調査するか(スコーピング)を扱うことが導入された。なお、事業段階より以前の計画段階でアセスメントを行う戦略的アセスメント(SEA)が提案されている。(http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=475

5−2. 水中音響調査における海洋環境に配慮した具体的事例

5−2−1. サハリンエナジー社の取り組み

2003年10月、サハリンエナジー社(SEIC:Sakhalin Energy Investment Company Ltd)はコククジラ保護計画書「WGWPP:Western Gray Whale Protection Programme: a Framework for Mitigation and Monitoring related to Sakhalin Energy Oil and Gas Operations , Sakhalin Island Russia」(DocumentNo.1000-s-90-04-p-0048-00)を作成した。なお、この文書は保護計画として同社がどのように取り組んでいるかを示すものであって、保護計画それ自体の詳細な技術的内容は2003年5月に同じく同社によってまとめられている環境影響報告書(EIA:Environmental Impact Assessment)に述べられている。


(1)WGWPPの背景および環境対策の経緯

西部太平洋に生息するコククジラ(WGW:Western Gray Whale Eschrichtius robustus)(以下、WGW)は、ロシア連邦のレッドデータブックにおいてカテゴリー・(絶滅危惧)種に指定されている。同種は、IUCNにおいても、絶滅危惧の高い種として近年登録されなおした種であり、再生産可能な生息数は50頭と言われている。

サハリンエナジー社が掘削活動を行うサハリン北東沿岸は、WGWの索餌域であることが明らかになってきており、サハリンエナジー社、Exxon-Neftgas LTD社(ENL)その他の財政的支援によるモニタリング調査によれば、最近では、同島北東海岸における生息数は100頭以上と報告されている。WGWは、長距離かつ季節的な回遊種で、毎年5月遅く、同海域で氷がなくなってから、サハリン島北東部に来遊し、11月遅くまで生息する。その回遊ルートはまだ未解明であるが、多くの研究者によれば、日本海から宗谷海峡を抜けてサハリン島沿いに北上し、同海域では沿岸部に滞在するものと考えられている。これまで、WGWはPiltun湾の比較的浅い(〜20m)海域で索餌を行い、集団的に密集するというより海岸沿いに散らばって行動すると考えられてきた。しかし、2001〜2002年にサハリンナジー社とENL社が財政支援をした調査によれば、WGWのグループがChayvo湾の南東部、水深35〜40mの海域でも索餌していることが観察されている。

サハリンエナジー社では、HSEマネジメントシステム(Health, Safety and Environment Management System)を定めているが、環境影響評価などの取り組みの経緯はおよそ次のようである。

  • FSレベルのEIA(1992)
  • Phase ・開発段階をカバーするEIA(1997)
  • 公聴会のための予備的EIA(2001)
  • ロシア認可手続き(2002)に向けに準備されたプロジェクト施設それぞれの詳細なEIA
  • 同要約版EIA(2002)
  • 国際基準にもとづくEIA(2003)
  • Lunskoye海域における2003年の地震探鉱に関するEIA(2003)

(1)WGWPPの背景および環境対策の経緯
  • WGWの分布調査(航空機および船舶による)
  • 挙動調査
  • WGWの写真による個体識別調査
  • WGWの餌生物の構成と分布調査
  • 周辺音および産業活動起因の海中音の音響的計測

(2)WGWPPの概要

2003年のWGWPPとしては、まず、Sensitivity Zoneの海域と時期の設定があげられ、そこでの影響については表5-1のように評価されている。

表5-1. 潜在的影響の度合い

ここで示される影響度のレベルは、次の5段階で区分されている。


  • Major Impact:生息数の減少や分布の変化をきたすもの。緩和措置が必須
  • Moderate Impact:一部に若干の影響が出るが生息数減少の危険性はない。
  • Minor Impact:影響がみられたとしてもその度合いが緩和措置の有無にかかわらず極めて低い。
  • Negligible Impact:影響といっても自然界の現象との区別が出来ないようなもの。
  • No Impact:影響なし。

このSensitivity Zoneは3つに区分されている。

  • Zone 1 High Sensitivity:索餌域でその周辺の5・緩衝帯を含む。
  • Zone 2 Moderate Sensitivity:Zone1の周辺少なくとも10・および回遊および通過回廊。
  • Zone 3 LowSensitivity:サハリン島の海岸から約56・(30海里)の東南海岸の全てで、WGWが不在であるか、回遊および通過回廊とは認められない海域。

またモニタリング計画の概要は次のとおりである。


  • 航空機、船舶、陸上基地からの調査による分布および生息数調査
  • 各種の開発活動期間中におけるWGWの挙動調査
  • 写真による個体識別と生息数規模、繁殖活動、衰弱あるいは痩せたクジラの評価
  • WGWの索餌域における捕食生物として知られている無脊椎動物のサンプル調査とWGWの餌生物の調査
  • 海洋構造物周辺(例:Vityaz Complex)およびWGWの索餌海域(Piltun coast)における音響環境調査

これによって、Major Impactがあると認められた場合には、影響緩和措置が講じられない限りは操業を行わないし、Moderateと認められる場合でもその影響が十分に合理的なほど低いレベル(ALARP:As Low As Reasonably Practical)に低減させるためにあらゆる措置を講じる必要がある。

2003年以降も2010年までWGWに関するデータの収集が行われることになっている。

5−2−2. 米国海軍のLFAソナー

NOAA Fisheries(NMFS)では、いくつかの保護海域の設定やソナーのシャットダウン基準などを含む海産哺乳動物やウミガメに対する傷害の潜在的可能性を防止するための措置を講じることとした。それらはおよそ以下のようである。

  • 米国海軍は、LFAソナーを使用する海域に入る前に、海産哺乳動物やウミガメがいるかどうか確認のため、目視モニタリングおよびアクティブ/パッシブのソナーによるモニタリングを行う。
  • 米国海軍は、海産哺乳動物およびウミガメが発見された時にはいつでもLFAソナーをシャットダウンする。発見確率は、音源から2・(1.1海里または6,562ft)まではほぼ100%であることを期待される。LFAソナーは、1・の範囲内で、海産哺乳動物に害を与えないレベルまで減衰するものとされる。
  • 米国海軍は、聴覚機能障害を防止するために、LFAソナーの周波数の上限を330Hzまでとする。
  • 米国海軍は、すべての海岸線から12海里以内の海域ならびに海産哺乳動物の生物学的重要海域として指定されている海域においては、LFAソナーの使用を禁じる。
  • このシステムは沿岸や極地圏では使用されないので、沿岸域、河口域および極地域環境に現れる海産哺乳動物は影響を受けない。
  • 米国海軍は、海産哺乳動物に対して低周波音が与える影響に関する調査研究を継続するよう要請されている。

具体的な方策としては、メキシコ湾の大陸棚でのエアガン調査※1では、調査開始前にramp-up procedureとして調査海域に海産哺乳類やウミガメがいないかを目視確認し、最小出力のエアガンを発射することで調査海域外に海産哺乳類やウミガメを移動させることや、調査実施時にマッコウクジラなどの希少種がいないかを観察する熟練した観察員を乗せ、観察データを取ることが求められている。

● 関連するウェブサイト

5−2−3. オーストラリアにおける地震探査活動と鯨類保全に関する取り組み

オーストラリアの環境省(Australian Government Department of the Environment and Heritage)では環境保護および多様性保全法※1(Environment Protection and Biodiversity Conservation Act)に基づき、地震探査活動(seismic survey)が鯨類に与える影響を最小限にするための指針※2を作成している。ここで対象となる鯨類を表5-2に記した。

表5-2. 指針適用の鯨類
和 名 学 名
タスマニアクジラ Tasmacetus shepherdi
コブハクジラ Mesoplodon densirostris
ニュージーランドオウギハクジラ Mesoplodon hectori
太平洋アカボウモドキ Mesoplodon pacificus
タイヘイヨウオウギハクジラ Mesoplodon bowdoini
アカボウモドキ Mesoplodon mirus
イチョウハクジラ Mesoplodon ginkgodens
ヒモハクジラ Mesoplodon layardii
ミナミオウギハクジラ Mesoplodon grayi
ミナミツチクジラ Berardius arnuxii Cuvier's
アカボウクジラ Ziphius cavirostris
シャチ Orcinus orca
ヒレナガゴンドウ Globicephala melas
オビレゴンドウ Globicephala macrorhynchus
ミナミトックリクジラ Hyperoodon planifrons
マッコウクジラ Physeter macrocephalus
ミナミセミクジラ Eubalaena australis
コセミクジラ Caperea marginata
ミンククジラ Balaenoptera acutorostrata
イワシクジラ Balaenoptera borealis
ニタリクジラ Balaenoptera edeni
シロナガスクジラ Balaenoptera musculus
ナガスクジラ Balaenoptera physalus
ザトウクジラ Megaptera novaeangliae
● 関連するウェブサイト

地震探査活動が鯨類に与える影響を最小限にするための手順

  1. 地震探査開始前の鯨類観察手順:日中は双眼鏡、夜間は赤外線(Infra-Red)、もしくはナイトスコープを用いて鯨類の観察を行う。観察範囲は、探査船から半径3kmとし(図5-1、探査開始の少なくとも90分前には観察を始める。
  2. 地震探査開始時の手順:探査船から半径3km以内に鯨類がいないことを確認する。鯨類を確認した場合は、半径3kmから離れるまで待ち、さらに30分間は探査を行わずに観察を続ける。
  3. 緩やかな音源発射の手順:探査時の音源強度は、最初から強いものを使うのではなく、緩やかな音源強度から開始する。
  4. 探査時の鯨類観察手順:探査を行っている間は、毎時10分間は双眼鏡やナイトスコープなどを用いた観察を行う。
  5. 航空機調査と船から離れた調査の手順:船舶以外にも、航空機などを用いて周辺状況を把握する事が望ましい。中でも、どの海域が鯨類にとって重要な海域であるのか(繁殖、摂餌、休憩、回遊)を科学的に明らかにし、注意を傾けることが必要である。
  6. 記録と報告の手順:鯨類確認時には、必ず記録する義務があり、オーストラリア政府に送付しなければならない。
図5-1. 地震探査調査時の鯨類目視半径

図5-1. 地震探査調査時の鯨類目視半径