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2023年 6月 29日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

2022年フンガ・トンガ噴火が励起した短周期の大気-海洋結合波の発見
―ラム波を発生させた圧力震源は中間圏に到達―

1. 発表のポイント

フンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山噴火(以下、「フンガ・トンガ噴火」という)に伴って発生した波動現象には、これまで判明していた長周期のラム波(※1)に加え、周期が約300秒であるラム波と熱圏重力波(※2)が結合した波(以下、「結合波」という。)があることを発見した。
この結合波の発生する条件から、ラム波を発生させた圧力震源は高度58-70 km程度の中間圏(※3)にまで到達していたことが分かった。
ラム波を発生させる圧力震源の条件が明らかになることで、ラム波が励起する気象津波(※4)の予測を精緻化し、さらには沿岸防災対策等への貢献につながることが期待される。

【用語解説】

※1
ラム波:地表面に沿って、空気の密度の粗密が水平方向に伝播する波。
※2
熱圏重力波:大気圏のうち一番外側の熱圏で大きな振幅を持ち、水平方向に伝播する重力波(外部波の一種)。中間圏でも比較的大きな振幅を持つ。
※3
中間圏:大気圏のうち、成層圏の外側で熱圏との間に存在する層(参考
※4
気象津波:気圧擾乱が伝播する際に、強制的に海面変動を引き起こす現象。その伝播速度が津波の伝播速度に近いほど振幅が増幅(共鳴現象)される。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門 地震発生帯センター プレート活動研究グループの利根川貴志主任研究員らは、2022年1月15日にフンガ・トンガ噴火の際に発生したラム波の広帯域スペクトルを調べた結果、ラム波の卓越周期である1,700-2,500秒よりも短周期側に、比較的大きな振幅を持った周期約300秒(3.6 mHz)の熱圏重力波とラム波の結合波が伝播していたことを発見しました。この大気中で結合した波は気象津波を引き起こすため、大気-海洋結合波となります。さらに、この大気中の結合波が発生する圧力震源は高度が58-70 km程度(中間圏)に達している必要があることがわかりました(図1)。このように本研究の成果は、火山噴火に伴うラム波発生メカニズムの解明につながることが期待されます。

本成果は、米科学誌「Science Advances」に6月29日付け(日本時間)で掲載される予定です。なお、本研究はJSPS科研費(21H05202)の助成のもと行われました。

タイトル:
Mesospheric pressure source from the 2022 Hunga, Tonga eruption excites 3.6 mHz air-sea coupled waves
著者:
利根川 貴志1、深尾 良夫1
所属:
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構
DOI:
10.1126/sciadv.adg8036
図1

図1 フンガ・トンガ噴火によって発生した波動場
(a)周期約300秒の結合波が火山から水平方向に伝播。結合波のエネルギーは熱圏から地表付近まで分布している。また、この結合波は気象津波を引き起こす(大気-海洋結合波)。火山から高度約30 kmまで傘雲が上昇し、中心部では高度約57 kmまで噴火プルームが突き抜けた(以下、「オーバーシュート」とする)。圧力震源はその上の高度58-70 kmまで到達していたと考えられる。圧力震源の高度が高いため、結合波のエネルギーも地表より中間圏や熱圏のほうが大きい(縦線の色の濃さ)。(b)熱圏に沿って水平方向に伝播する熱圏重力波。(c)地表に沿って水平方向に伝播するラム波。ラム波は気象津波を引き起こす。

3. 背景

2022年1月15日にフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山で大規模の噴火が発生しました。この噴火によって引き起こされたラム波と呼ばれる気圧変動が世界中を伝播し、各地の気圧計で観測されました。また、ラム波が引き起こした気象津波は、太平洋域では水圧計で、太平洋沿岸域では潮位計で観測されました。この時日本に達した気象津波はラム波とそれよりも伝播速度の遅いペケリス波(※5)によって励起・増幅されていたことがわかっています(2022年12月27日既報)。また、噴火の際には傘雲が高度30 km程度で水平方向に広大に広がり、さらに噴火口の直上では噴煙が高度57 kmまでオーバーシュートしたことが衛星の観測から報告されています(図1)。しかし、実際の噴火過程の中で何がラム波を励起したのか、つまり、気圧変化を発生させた圧力震源についてはまだよくわかっていませんでした。

本研究では、フンガ・トンガ噴火によって励起された大気・海洋を伝播する波動場の広帯域の現象を明らかにするため、日本海溝に展開されている日本海溝海底地震津波観測網(以下、「S-net」)の水圧計及び日本列島に展開されている基盤的火山観測網(以下、「V-net」)の気圧計(いずれも国立研究開発法人防災科学技術研究所、図2)、世界中に展開されているGlobal Seismograph Network(以下、「GSN」)(Incorporated Research Institutions for Seismology)の気圧計のスペクトル(各周波数成分の強度分布)の振幅を調査しました。また、圧力震源の高度を変えて理論的にスペクトルを計算し、どの高度に圧力震源があると計算されたスペクトルと観測されたスペクトルが最もよく一致するのかを調べました。

図2

図2 使用した観測点分布と観測された波形
(a)図中の四角はV-netの気圧計観測点、三角はS-netの水圧計観測点を示す。(b)(上)V-netで観測されたラム波の気圧計記録。(下)S-netで観測されたラム波によって引き起こされた気象津波の水圧計記録。オレンジ色の点線に囲まれた観測記録でスペクトルを計算した。

【用語解説】

※5
ペケリス波:フンガ・トンガ噴火で初めて実在が証明された地球大気に固有の共鳴振動による波。(2022年9月12日既報

4. 成果

一般的に波には様々な周期の成分が含まれており、その各成分の強さはスペクトルを計算することで調べることが可能です。V-netの気圧計で観測されたラム波部分について観測記録のスペクトルを計算したところ、ラム波は周期1,700-2,500秒程度で最大振幅を持つことがわかり、さらに短周期成分の周期約300秒付近で異常に振幅が大きくなっていることがわかりました(図3)。

このため、フンガ・トンガ噴火が発生した際の大気の温度プロファイルを使って大気中の波動場の種類や伝播速度を調べてみたところ、(1)周期約300秒では二種類の波の存在が確認できたこと、(2)それらは同じ速度(約300 m/s)で伝播すること、(3)そのうちの一つの波が地表付近で大きな振幅を持ち、もう一つは熱圏に大きな振幅を持っていることがわかりました。これらの結果から、この異常振幅は実は二種類の波が結合したもの(結合波)で(図3)、一つはラム波の短周期の成分(図1c)、もう一つは熱圏重力波(図1b)という結論を出しました。

また、この伝播速度の一致は、この2つの波が一緒になって水平方向に伝播し、さらに共鳴によって振幅が大きくなる可能性を示唆しているのですが(図1a)、本研究で実際にそのような共鳴現象が起きていたことを観測結果からも明らかにすることができました。この結合波は太平洋の島や沿岸域に設置されたGSNの気圧計でも確認され、さらに、この結合波によって引き起こされた気象津波が、S-netの水圧計でも観測されました(図3)。

図3

図3 気圧計と水圧計のスペクトル

(a)
図2bのラム波の部分のスペクトル。地図上の四角で示された観測点の記録を使用。
(b)
図2bの気象津波の部分のスペクトル。1 mHzより低い大きな振幅はラム波(気圧計)、それによって引き起こされた気象津波(水圧計)を示す。3.6 mHz(周期約300秒)付近に比較的大きなピーク(異常振幅)が確認できる。地図上の四角で示された観測点の記録を使用。

重要な点は、この結合波が発生するためには、圧力震源が中間圏や熱圏まで到達していないといけないということです。これは熱圏重力波が中間圏や熱圏などで大きなエネルギーを持つため、その高さに震源がないと効率的に励起されず、結果的に結合波も励起されないためです。

圧力震源がどの高度まで到達していたのかを調べるために、理論的にスペクトルを計算しました。このとき、圧力震源の高度、高度の半分幅、圧力震源の上昇速度を変えて理論的にスペクトルを計算し、観測されたスペクトルと最も良く合う計算スペクトルを探索しました。その結果、圧力震源の高度は64 km、高度の半分幅は6 km、上昇速度は8 m/sとなりました(図4)。その際に、圧力震源の継続時間も1,500秒と推定しました。これは、圧力震源が高度58 kmから速度8 m/sで1,500秒かけて上昇し、高度64 kmで最もラム波や結合波を効率よく発生させた後、高度70 kmまで達する、ということを意味しています(図1a)。衛星の観測から、今回の噴火プルームは高度57 kmまでオーバーシュートしていたことが報告されていますが、本研究の結果から、ラム波を発生させた圧力震源は、さらにそれより上の高度58-70 km程度の中間圏(参考)にまで到達していたことが分かりました。

図4

図4 理論スペクトルと観測スペクトルの比較
(a)圧力震源の高度を変えて計算した理論スペクトル。赤三角で示した高度65 kmの理論スペクトルが観測波形とよく合うが、さらに細かくパラメータを調整したところ、高度64 kmが最も良く一致した。灰色の部分は数値的に計算できなかった領域。(b)水色線とオレンジ線は水圧計記録の平均スペクトルを示し、ピンク線は気圧計の平均スペクトルを示す。平均時に使った観測点は同色で右の地図に表示。133と48は3.6 mHz(周期約300秒)ピークの振幅値を示す。

5. 今後の展望

本研究では周期約300秒の結合波が伝播していたことを発見し、それを発生させるために圧力震源が中間圏まで到達していたことを明らかにしました。また、その圧力震源の高度や継続時間など、ラム波を発生させたメカニズムの詳細が明らかになりました。

もし将来、別の火山で今回のような大規模な噴火が発生した場合、ラム波の発生やそれに伴う気象津波を到達前に予測することが重要になってきます。そのような場合に向けて、今回の噴火で何が起きたのかを正確に把握し、ラム波の発生メカニズムを考慮した数値シミュレーションによる計算データが、できるだけ精度高く観測データを再現しておくことが重要です。また、結合波は短周期の波ですが、気象津波を引き起こします。そのため、複雑な海岸地形のところではこの結合波による気象津波の影響も防災上重要になってくる可能性があります。今後、本研究で得られた情報がそのような観点でより活用されていくことが期待されます。

図5

【参考】 大気圏の構造と温度分布

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海域地震火山部門 地震発生帯研究センター プレート活動研究グループ
主任研究員 利根川 貴志
(報道担当)
海洋研究開発機構 海洋科学技術戦略部 報道室
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