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海洋地球研究船「みらい」大航海

SORAレポート

2009年2月25日

日本から見ると1日過去の「みらい」から

乗船研究者:川村喜一郎(財団法人深田地質研究所)

今日は、ラジオ体操に参加した。ラジオ体操はいつも朝8:30に始まる。日本との時差は現在16時間だろうから、そのころ日本は、もうおやすみの時間だ。ラジオ体操は、天気の良い日には、船の後ろにある甲板とその格納庫の第一ブイ庫で、悪天候の日には、甲板の一階下にある第二ブイ庫で行われる。今日は、第二ブイ庫で体操をした。ラジオ体操第一では、後ろに反り返って空を見上げるときがある。いつでもそうだが、窮屈なときにのびをするのは気持ちが良い。今日は、のびをするときに、船の天井の梁が目に付いた。天井の梁は、群青色で、それは今通過している南緯40度の海の色に恐ろしく似ていた。
南緯40度は、うなる40度、Roaring40と呼ばれるように、常に荒れた天候ということで有名である。朝、船橋にあがってみると、高さ5mを超えるうねりが次々と船に押し寄せていることがよくわかった。うねりは、船のうしろ、すなわち西から次々とやってきては、船を追い越すようにどんどん前に向かって遠ざかっている。風速は20m/s近く、船橋の扉の少しの隙間から風音が聞こえた。それはあたかも海のうなり声のように聞こえた。我々の船は8,000トンもある大型船なのだが、これが小型船だとしたのならば、このうなり声は恐怖そのものなのだろう。


そして、船橋ではアホウドリを見た。こんな険しい海域にも生命の息吹が感じられることが信じられない。ここは火星よりは厳しい環境ではないのかもしれないが、およそ動物が住むのに適した環境のようには思えない。詳しい人に聞いたらワタリアホウドリという翼開長3.8mにもなる大きな鳥で、繁殖地は、南太平洋とはほど遠い、インド洋のケルゲレンだそうだ。彼らは浮かんでいる魚の死骸をエサにしているらしい。魚の死骸と死骸とを結んでいくとケルゲレンにつながるのかもしれない。そうだとすると、私たちには見えないけれども、ワタリアホウドリのための「魚の死骸ロード」がそこにはあるのだろうか。そうして魚の死骸を探している内にここまで来てしまったのだろうか。だとしたら、人間から見ると、およそ彼らはあまり効率の良い生活をしていないように見える。人間の観点での効率を気にしすぎると生活の自由度が失われるのかもしれない。彼らは私から見ると、果てしなく自由に映った。

アホウドリとは、彼らにとって、とても不名誉な名前だ。私がかりにアホ太郎と呼ばれたら、頭にくる。しかし幸いなことに彼らは日本語がわからないので、我々は幸運なことに名誉毀損で訴えられることはない。そして、現在、この海域ではピストンコアリングと呼ばれる手法を用いて、海底の泥を採取している。これはいわば、海底に金属製パイプを突き刺して、海底堆積物を採ってくる手法である。採取される泥は、白く、そしてやや茶色いものも見られる。洋服に付くとなかなかとれない。その正体は、石灰質ナノ軟泥と呼ばれるものである。我々は海底の泥を採り、そして、それに名前を付けてやる。10年前、スピッツという音楽バンドがそのような名前のタイトルのアルバムを出したことを想い出した。そう、海底に眠っている間は、彼らは無名なのだが、船上に回収されたとたんに、名前を勝手に付けられてしまう。ナノ軟泥からすると、およそ迷惑な話かもしれないが、幸いなことに彼らは日本語はわからないし、ましてや生きていないので、訴えられることもない。

海底の泥の名前の付け方はさまざまあるだろうが、今回はODPの方式を採っている。スミアスライドで観察して、堆積物粒子の組成を検討し、名前を付ける。大半が遠洋性の粒子が入っていると、遠洋性堆積物になる。ナノ軟泥はそれに該当する。さらに25%以上の粒子組成に対して名前が付けられる。このナノ軟泥は、石灰質ナノ化石がほとんどを占め、他の主要組成が25%以下であるので、この名前になる。他の組成が25%以上だとしたら、また別の名前が付くことになる。
こうして、我々は、海底堆積物といういわばケオティックな積み重なりを人間の読み取れるような言語で表そうとしている。我々の読み取るその積み重なりは、数百万年の地球の記録である。その数百万年の積み重なりは、なにを記憶しているのだろうか。今回は20mの金属製パイプを海底に突き刺すので、採れる堆積物は、長さが20m近くになる。つまり、我々は、船上で、海底面よりも20mも深いところから、現在の海底面までの連続した堆積物の積み重なりを見ることができる。深いところは当然とても古く、数百万年前に積もった堆積物である。そして、その昔は、そこも海底面だった。長い年月をかけて、埋め立てられ、いまは、20mも地下にある。深く深く埋没した堆積物は、より古い古い堆積物ということになる。我々は船上で、数百万年も前の過去を想像することができる。そして、その地球の記憶を読み取るために、我々は、我々のわかる言語で、白い堆積物を記述し、表現しようとしている。それこそが、船上での基礎的な堆積物の観察であり、もっとも重要なプロセスである。 こうして、日が過ぎ、そして、「みらい」はますますチリ沖に近づいた。


ピストンコアリングで採取された石灰質ナノ軟泥