海洋熱波

大気と海は海面を通じて活発な熱のやり取りを行っており、海洋の水温は上空の大気場を介して地球気候に大きな影響を及ぼします。この水温が過去数十年と比較して顕著に高い状態が数日以上持続する現象を「海洋熱波」といい、この10年間で注目を集めています。図1は2013年秋から2015年冬にかけての北アメリカの西岸沖における海面水温の平年差を表していますが、沿岸域で正の海面水温偏差が長期にわたって存在し続けている様子が見て取れます。この海洋熱波はBlobと名付けられ、アメリカ西海岸においてアシカやクジラ、海鳥などの生物の減少や、その生息域の変化を引き起こしたことで知られています。近年では中緯度域において、Blobのような海洋熱波が頻発しています。日本近海においても、2010年から2016年にかけて三陸沖で毎年夏季に海洋熱波が発生しており、ブリの漁獲量に影響を与えたことが近年の研究で報告されています。このように海洋熱波は、生態系や水産資源、そして沿岸の人間生活に多大な影響をもたらす事象として、近年研究が進められています。

一口に海洋熱波といっても、その形成メカニズムはさまざまです。中緯度域における海洋熱波の形成要因としてはまず、上空の高気圧の強化があげられます。この高気圧の強化は、雲量の減少に伴う海洋へ届く日射量の増加、海上風の弱化による潜熱放出減少/海洋混合層の浅化などを通じ、海洋熱波の発生につながります。これら大気が及ぼす効果に加えて、最新の研究では、海洋前線でよく見られる中規模渦や、モード水の厚さの変化の影響といったように、熱波発生にもたらす海洋の効果も指摘され始めています。

地球温暖化の進行に伴って、海洋熱波の発生頻度は増大することが予測されています(過去30年間で海洋熱波の発生日数、頻度は2倍に増加)。今後起こりうる海洋熱波による生態系や社会への被害を予測し、低減するためにも、海洋熱波の発生メカニズムへのさらなる理解が必要不可欠です。

図1:北アメリカ西岸における、2013年10月〜2015年12月までの月別の海面水温の平年差。平年値は1991年〜2020年の月別平均海面水温として定義し、OISST v2.1のデータを使用。

西平 楽(東北大学大学院理学研究科)