ポーラーロウ

冬半球の中高緯度の海洋上ではポーラーロウと呼ばれる小さな低気圧が出現することがあります。ポーラーロウは水平スケール約200~1000km程度と温帯低気圧や台風よりも小さい低気圧ですが、数時間の内に強風や大雪を伴うほど発達し、周辺地域の天候を急変させることもある現象です。主にノルウェー海やラブラドル海などの北大西洋で発生するほか、ベーリング海やオホーツク海、日本海にも発生します。日本海では、大陸から日本海に向かって寒気が流入する、西高東低の気圧配置の時にしばしば出現します。

ポーラーロウは個性豊かな低気圧であり、気象衛星画像では、台風のような渦巻き状や温帯低気圧に似たコンマ状など、様々な雲域をもつポーラーロウを見ることができます(下図参照)。このような違いは、ポーラーロウの主要な発達メカニズムの違いに起因していると考えられています。ポーラーロウのシミュレーション実験によると、渦巻き状のポーラーロウは、暖かい海上に寒気が流入することで生じる、活発な積雲対流に伴う凝結熱をエネルギー源として発達することが分かりました。一方でコンマ状のポーラーロウは、寒気の流入が形成する、対流圏下層の水平温度勾配から生じる大気のエネルギーも加わって発達することが分かりました(詳細は東京大学の記事をご覧ください)。また、最近の研究では、ポーラーロウは地形や海氷、海面水温の状態によって、発生の有無や発達時の強さが異なることも分かってきました。このように、ポーラーロウは周辺環境に敏感な低気圧であると言えます。

    

ひまわり8号の可視画像。時刻は日本時刻。(左図)日本海北部で発生したコンマ状のポーラーロウ。(右図)北海道西岸へ移動したスパイラル状のポーラーロウ。図は情報通信研究機構(NICT)のScienceCloudより取得し、加工しました。

本プロジェクトでも、データ解析、船舶観測、シミュレーション実験など、様々な手法によりポーラーロウに関する研究が進められています。日本海側でもとくに人口の集中する札幌に大雪をもたらすことのある「北海道西岸小低気圧」は、あたたかい日本海とつめたい大陸・日本列島・海氷による強い温度傾度により発達が促進されると考えられています。しかし、海上の観測データは存在せず海からの影響については推測の域を出ませんでした。そんな中、本プロジェクトでは2022年1月に石狩湾における北海道西岸小低気圧の直接観測に成功しました。はじめて海面から放出される熱フラックス、海上における風の収束や大気の鉛直構造が観測され、低気圧中心部の海面付近の大気はあたたかく湿っており不安定な大気成層であったことを定量的に知ることができました。

気候変動が進むことで、日本海では大陸から流入する寒気が弱まり、ポーラーロウの発生数は減少すると考えられています。一方で、高い海面水温はポーラーロウの発達を促進する可能性もあるなど、ポーラーロウの将来変化については未解明な部分が多く残されています。最新の研究では、北海道の西岸に出現するポーラーロウと日本海に出現するJPCZとの関係が注目されており、様々な側面からポーラーロウの研究が進められています。

田村健太(北海道大学大学院地球環境科学研究院)、山中晴名(三重大学生物資源学研究科)、春日 悟(三重大学生物資源学研究科)