JAMSTEC|海洋研究開発機構|ジャムステック

トップページ > プレスリリース > 話題の研究 謎解き解説 > 2018年2月2日報道発表

話題の研究 謎解き解説

全生物の共通祖先は、混合栄養生命だった?
生命誕生に迫る始原的代謝系を発見

【目次】
最初の生命は、従属栄養か独立栄養か?
始原的な微生物Thermosulfidibacter
全ゲノム解析から出てきた謎
どのようにして炭素固定をしている?
混合栄養生命説

全ゲノム解析から出てきた謎

今回、どのように分析を進めたのか聞かせてください。

2007年ごろから製品評価技術基盤機構(NITE)と共同でThermosulfidibacterの全ゲノム解析を行いました。炭素固定をして有機物をつくることは培養からわかっていたものの、全ゲノム解析ではその炭素固定をどのようにして行うかは特定できませんでした。TCA回路(クエン酸回路)の利用も考えられましたが、謎が残りました。

TCA回路(クエン酸回路)とは、何ですか?

生命の体内では様々な化学反応が行われ、そうした中でも我々人間のように他から有機物を得る好気性の従属栄養生物では極めて重要な反応経路が、TCA回路です(図2)。人間を含めほとんどの生命が持っています。


図2 TCA回路

難しくなってきましたね…! とにかく、物質が線に沿って変わっていく、ということでしょうか。

ざっくり言えば、TCA回路によって、ピルビン酸、アセチルCoA、オキソグルタル酸、スクシニルCoA、オキサロ酢酸などが合成されていきます。それらは途中途中で回路の横へ抜けて、生命に必須である物質の材料になります。たとえば、ピルビン酸、オキソグルタル酸、オキサロ酢酸はアミノ酸の材料に、アセチルCoAは脂質の材料となります。

TCA回路の矢印が両方向に向いていますね?

TCA回路が回る方向は一方向ではありません(図3)。我々人間のように、他から有機物を得る従属栄養生物で酸素呼吸する生物は時計回りに回ります。また、従属栄養生物でも酸素を必要としない嫌気的な微生物は、主に2分岐した経路を使います。自ら有機物をつくる独立栄養生物には、反時計回りに回って炭素固定をするものもいます。そして、一部だけを持つ生物もいます。

図3 TCA回路 左:好気性従属栄養生物 中:嫌気性従属栄養生物 右:TCA回路で炭素固定を行う独立栄養微生物

TCA回路は、回る方向が変わるし、変形タイプもあるのですね。

はい、そもそも、TCA回路を作る酵素の一つ一つは両方向の反応が可能なのです。ここで重要なのが、どちら向きに回っても、アミノ酸や核酸、脂質など「生命に必須物質の材料をつくる」という点です。酵素とはそれぞれ特定の化学反応を促進する蛋白質です。

ですから、初期生命が従属栄養生命と独立栄養生命のどちらでも、TCA回路かその原型のようなものは必要だろう、無いと困るだろうと考えられています。

ということは、TCA回路の原型を知ることは、初期生命の答えに近づくということでしょうか。Thermosulfidibacterは、そのTCA回路で炭素固定をして有機物をつくる可能性がある。でも、謎がある。謎とは何ですか?

炭素固定の方法として反時計回りのTCA回路の可能性が高いと考えたものの、それに必要であるはずの酵素がThermosulfidibacterには見つかりませんでした。

図4の青枠を見ましょう。時計回りの反応ではオキサロ酢酸とアセチルCoAから、クエン酸合成酵素を使って、クエン酸とCoAをつくります。これは熱力学的に起きやすい反応です。しかし、同じ部分でも炭素固定する反時計回りとなると、逆に熱力学的に起きにくくなります。そこで、ATP(アデノシン三リン酸)のエネルギーを使って、クエン酸リアーゼという酵素で反応を進めます。これが従来の常識でした。

図4 従来の考え;典型的な時計回りのTCA回路と炭素固定を行う還元的TCA回路(反時計回り)では、それぞれクエン酸合成と分解で使われる酵素は異なる。クエン酸とCoAからアセチルCoAとオキサロ酢酸を作る反応はクエン酸合成酵素ではなくATPクエン酸リアーゼであることが常識だった。

つまりTCA回路で炭素固定をするならATPクエン酸リアーゼがあるはず。ところがThermosulfidibacterには、それが見つからなかったのです。

TCA回路で炭素固定する可能性が高い一方で、それに必要とされる酵素が見当たらない。

そうです。従来とは違う反応が起きていると直感しました。